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【萌え談義】・「ひさしぶりに『萌え』あるないばなし」

最近は「萌え論」もすっかりネット上で見かけなくなった。浸透と拡散があったものと思われる。
「ネット上にはいくら同じことを書いてもいい」というのが私の実感(理由は何度書いても忘れされられてしまうから)なので、ひさびさに自分の頭を整理するためにも「萌え」について書いてみようと思う。

・その1 私の立場
「萌え」があると前提としたうえで「こんなのが萌える」みたいな一時期ネット上で多かった話ではなく、「『萌え』はあるかないか」という基本的なことを問題にしたい。
で、私としては「『萌え』は存在するが、世の中を変えるとか、変えたとか、そういうことはなかっただろう」という立場である。

ここがなかなか理解されないのだが、いわゆる「データベース消費」理論を証明するための「萌え」とは多少立場が異なる。

前にも書いたが「萌え」論が隆盛だった頃、それは「90年代」という時代に独自性を持たせるための切り分けの材料として論じられた点が非常に大きいと私は思っている。
具体的に言えば、「オタク第二世代」と言われた人たちが、「第一世代」と自分たちを区別し、アイデンティティとする最も大きな拠り所として「萌え」が選ばれた(と、私は考えている)。

だから、多くの萌え論は90年代を時代の変わり目だとするし、90年代以前の作品を「プレ萌え」的な扱いしかしない。たとえば「よくよく考えてみればあの作品は萌えだった」「あのキャラはツンデレだった」というような観点である。
あくまでも「萌え」の誕生を90年代初頭として、そこを起点としてさかのぼる、という方法をとっている場合が多かったように思う。

一方で、「萌えというのは単に二次元に欲情する自分を認めたがらない人たちが捏造した概念ではないのか」といぶかる人たちがいる。
そういう人たちには別に80年代も90年代もなく、単に「二次元に欲情する人」が、主に70年代後半のオタク第一世代以降、のっぺりと地続きに存在しているだけである。

私は、そのどちらの立場も取らない。「萌え」という概念を仮構しないと説明のつかないことが多いからだ。
だが、それは90年代から始まったのではなく、どこを起点とするかにもよるが少なくとも70年代後半くらいにまでさかのぼれると考えている。

・その2 少年・青年向け作品における「恋愛」の顕在化が「萌え」の萌芽という仮説
マンガ・アニメは、「男の子向け」、「女の子向け」というジャンル分けが映画やテレビドラマなど以上にはっきり分けられており、なおかつ成熟した大人向けではない、という特殊事情がある。

男の子が読む作品の中にも、過去には当然「恋愛」を描いた作品は多々ある。文学でも私が知るかぎり、武者小路実篤とか田中英光の「オリンポスの果実」とか、なんかまあいろいろある。
マンガでも「愛と誠」とか、あとなんかいろいろある。
が、それらには「恋愛とは人生における通過点である」とか「恋愛とは人間が成長するうえで必要なものである」といった、多少人生論的な意味あいが含まれていた。ティーン向けの「秋元文庫」などにおける恋愛の扱いもそうだっただろう。

それらは「恋愛もの」というよりも「青春もの」と言うべきジャンルだ。では「青春もの」とは何かというと、人生において「子供/大人」しかなかったところに、「青年」というモラトリアム期間を仮構したものであったと言える。
ただしこのモラトリアム期間は文字どおりのものであり、必ずそれらを捨てて青年は大人にならなければいけない。
しかし、青年独自の感性というものが存在する。その辺の葛藤が大きなテーマになっていたわけである。

また、少年ものにおいては「恋愛」は扱われないと徹底して扱われなかった。扱われても、かわいい幼なじみがいるとかガールフレンドがいるとかその程度で、記号的ですらあった。

このように「青春もの」であったり逆に「まったく扱われない」という状況の中から、80年代初頭にあだち充などを代表する「少年向けラブコメ」が登場する。
あだち充は「青春色」の濃厚な作家だが、他の少年ラブコメ作家陣にはもっとダイレクトに「恋愛」の楽しさ、くすぐったさを売り物にしている人も多かった。

また、同時代にはすでに現在の「萌え」的な絵柄の直接的なルーツであるところの「二次元美少女」のコードが確立されつつあった。
何度も書いているがこの「少年ラブコメブーム」と「二次元美少女の誕生」は、たとえば「きまぐれオレンジロード」などで交錯しつつも、基本的には必ずしも二人三脚で発展してきたというわけではない、というのが80年代前半の面倒くさいところであり、注意すべき点でもある。

以上のように、「本来、恋愛やセックスが登場するはずがないジャンル」に恋愛を登場させたのが「萌え」の萌芽であるという仮説はひとまず立てることができるだろう。

・その3 「イチャイチャ」を極端に愛でる行為
「恋愛・セックスに関する表現が希薄な地帯」に発生したため、「萌え」は基本的に「セックス前の寸止め描写を過剰にありがたがる」というようなことになった。

それは簡単に言えば「『イチャイチャ』を極端に重視する」という行為で、偏っていると言えば偏っている。
しかし、ふと考えてみたがすでにセックスした後のカップルにもそういう瞬間がないかと言えば当然あるわけで、「萌え」は「少年向け」という誕生ジャンルの性質上、成立過程で「そういうふうになった」と言うことができる。

それがおかしなことかと言えば、永遠に思春期を愛でているような若干の偏りは、否定できないだろう。だが、やはりどうしても、日本においてはこのあたりのこと……ぶっちゃけてしまえば精神的な前戯や後戯は少年向け作品においてないがしろにされすぎたということは言える。
いや、少年向けなんだからそんな描写はないのが当たり前なのだが、日本のマンガは少年・少女向けを中心にして発展してきたという歴史があるから、やはりそこは欠落として残るわけである。
(いわゆるエロ劇画が積み残していったものを、ロリコンマンガ、美少女マンガがすくい上げていくというパラダイムシフトもあったと思うのだが、この辺はまだ自分の中でよくまとまっていない。)

たとえば、最も少年に読まれた作家の一人としての梶原一騎は、青年向け作品では聖女か娼婦しか描かないことで有名だが、少年向け作品ではそれを「過剰なまでの童貞主義」として描いた。
ちょっと同時代の他の作品と比較してみないと正確なことは言えないが、梶原の童貞主義というのは以下のようなことだ。

・男は目標に近づくためには女性と恋愛をしてはいけない。
・男は、女性に色目を使わなくても目標に近づく努力をしていれば、必ず惚れられるものである。

「女性を寄せ付けないこと」が「硬派」と言われたりしたことは、他の作家の作品にもあった。
梶原一騎が少年たちに植えつけた「空手幻想」、「プロレス幻想」は相当なものだったが、それと同等、あるいはそれ以上に植え付けたのは以上のような、ゆがんだ、としか言いようのない恋愛観であったと思う。

このような刷り込みからの反動が、80年代に起こったとしか思えない。つまり80年代初頭以降の少年ラブコメブームと美少女マンガの出現は、梶原一騎的な闘争的ストイシズムに関する反動であった。
私が「萌え」に関して90年代よりも(「萌え」という言葉がなかったにも関わらず)、80年代を重視するのはそれが理由である。

2000年代に入って、恋愛への解放であったはずの「美少女アニメ、マンガ」は「非モテ」とか「護身」といった、梶原的ストイシズムを裏返しにした考えを体現していくことになるが、それはずっと後の話である。

「その2」に続く

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