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【萌え談義】・「オタクは独自の趣向のみで動くか」

オタクとマーケティングや売り上げなどの話題になる場合、ときどき言われるのが、
「オタクというのは状況や流行に流されず自分の趣向で動いている存在である」
という主張である。

一方で、「オタクは『萌え』だの何だので、右向け右で動く存在じゃないか」
という言説も観られる。

この矛盾について、思うところを書いてみたい。

・その1
「オタクというのは状況や流行に流されず自分の趣向で動いている存在である」というのは、オタク第一世代(と、一部の第二世代)にのみ言えることなのではないかと、自分は考えている。

まず、オタク第一世代の特徴である活字SFや映像文化に対する嗅覚の鋭さ、これは70年代後半から80年代初頭においては、広義のサブカルチャーの中でもだれもが持っているものでは、まったくなかった。
大江健三郎が、自身はSFタッチの小説を書いていたにも関わらず、「ウルトラマン」批判の文章を書いたりしていたのは私個人は世代的ギャップとしか言いようがない。
(より正確に言えば、「くだらないもの」としての先入観があったのだろう。)

彼ら第一世代が自分の趣向を貫くには社会的な障壁が、後続世代に比べるとかなりあった。
また、ファン活動と創作活動が混然となっていた部分もあるようだ。
オタクならだれもそうじゃないかと思うかもしれないが、そうではない。
たとえば赤井孝美だったか、ネットラジオにゲスト出演したとき、「大阪芸大に入ったときにはもう就職をどうするかしか考えていなかった」と発言していて、芸大時代の活動はお気楽な遊びというよりはもうちょっと仕事につなげることが前提のシビアなものであったらしい。

あるいはまた、現在の資料系同人誌やアニメ・特撮作品のムックの基本コンテンツを考え出したのも第一世代らしい。先人のものを踏襲するのではなく、ゼロからいろいろなことを開拓してきたという意味は個人体験としても大きいはずだ。

そんなオタクコミュニティはおそらく現在よりはずっと狭く、中途半端な人間は帰属できなかったと考えられる。
要するに、彼らは新世代の、一種のエリートだった(と、私は考えている)。

・その2
これが第二世代となると少し違ってくる。ほとんどの場合、第一世代がレールを敷いていたからだ。
80年代後半に「キャプ翼、聖矢」の「やおい」によって女性の参加者はどんどん増えていっているが、それにしてもそもそも「コミケ」や「同人専門の印刷屋」というインフラが整備されていなければ成り立たなかった。

だから、私個人は第二世代以降は「エリート」というよりもむしろ逆に「大衆」的な側面を持っていると考えているのだ(むろん、いつの世代でもとんでもなくすごい人はいる。あくまでもマスとして考えた場合である)。

で、市場が拡大しすぎてしまうと、そうそう自分の趣向だけで動くことは簡単ではなくなってくるのではないか? おつきあいで、がまんして「キャプ翼」や「聖矢」や「セーラームーン」を観ていたオタクだっていたに違いない。
そもそも、行動様式としての類似性を、外野からさんざっぱら指摘されている。

90年代以降となると、「萌え」に関してはさらに設定やキャラの類型化が加速してしまう。私自身はそれは特別悪いこととも思っていないが、印象としてはそうである。

・その3
もちろん、ある作品にオタクが殺到するのはその作品が「いい」からだとは思うのだが、オタクの裾野が広がれば広がるほど付和雷同な人間、メジャーなものしか「おさえていない」人間は増えてきて、「この人が典型的なオタクです」っていう確固たる像は、とうの昔に(私の印象では90年代後半くらいから)消え去っている、という感じではある。

要するに、「行動様式は似通っているかもしれないが、オタク的な実力のレベルについては差が開きすぎ、また趣向も拡散しているので比較もむずかしくなっている」というのが現状だろうと。

おわり。

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