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【映画】・「ハングオーバー! 消えた花ムコと史上最悪の二日酔い」

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監督:トッド・フィリップス
脚本:ジョン・ルーカス、スコット・ムーア

結婚式を2日後に控えたダグは、悪友たちおよびイカれた変態男である新婦の弟とともにラスベガスへ独身最後の旅行へ。
だが屋上で乾杯してから全員の記憶がふっとぶほどの二日酔いに。翌朝、友人たちが目を覚ますと、以下のようなとんでもないことが起こっていた!

・ダグは消えていた
・歯医者である一人は歯が欠けていた
・ホテルのトイレに虎がいた
・そしてクローゼットには赤ん坊?

なんで? どうして? ダグ以外の三人はダグを探しまわる……。

とっても面白かったが、本作について自分が感想を書くためには少々遠回りな説明が必要だろう。
以下に書くことは映画本編とはまったく関係がないので、読まないでいいです(「読まないでいいです」っつって書くんだよな、私も)。

・その1
アメリカには「バチュラー・パーティー」というのがあるらしい。結婚が決まった男が、独身最後にバカをやるためのパーティーということだ。これに関しては映画で何度か観たことがある。日本だと「奥さんの目を盗んでスナックやキャバレーに行ったりする」ということを、独身前に超大っぴらにやるというようなことか。
実際、どの程度一般的な「行事」なのかは、アメリカ人ならぬ私にはわからない。

本作は確かに面白いんだが、「奥さん(花嫁)の目を盗んでバカをやる」という、どこか後ろめたいというか、物悲しいというか、哀愁というか、そういう感じが全編を通して漂っていて、そこが「年齢高めの青春モノ」といった感じの良さでもあるのだろう。
メンバーにいる、イカれていて唯一の独身男・アランを混ぜたというキャラクターバランスもいい。ダグ以外の友人は既婚者かフィアンセがいることになっている。
すなわち、この映画はもともと「かみさんのいぬ間に命の洗濯」が基本テーマにはなっているが、バチュラー・パーティーなら独身男も混ぜなければならない。となると旅行における既婚者と独身者ではおのずと見えるもの・感じることが違ってしまうので、それならいっそのことメンバーの独身男を超極端な……天才バカボンのパパみたいな変わり者にしてしまうというのは、うまい手である。

・その2
以上で映画の感想は終わり。問題はネット上でざっと検索してすぐに目に入る感想がきわめて凡庸なこと。
映画のタイトルで検索して上位に来るものを二、三、つまみ食いしただけだが、それだけでも落胆するにあまりある惨状であった。

まず某グラビアアイドルさんの感想。
「面白かったけど、私だったらバチュラー・パーティーなんてぜったい許せな~い!」と書かれていた。いやそのグラビアアイドルさんは悪くない。だって「私も結婚するときにはバチュラー・パーティーやっちゃおう!!」などとは書けないのだ、グラビアアイドルは夢を売る商売だから。
しかし、彼女にそう書かせないのは多くの男たちが女たちに「貞淑さとエロさ」という矛盾したものを求めているからで、実は「ハングオーバー」のような映画はそのような議論を呼び起こしやすいのである(っていうか私が勝手に問題視しているだけだが)。

そして完全な本題。
もうひとつ観たのは、なんか大学の講師か何かをやっているかなり知的レベルの高い人の感想。男性か女性かはわからなかった。
いわく、「ミソジニー的な描写が気になる」

出た!! と言わざるを得ない。
出た!! つまんない意見!! と。

本作は、「男たちが女たちの目を盗んで勝手なことをやり、少なくとも女たちにはたいしたおとがめも受けない」という徹底的に男のための映画である。私もこの映画を見ながらいくつかミソジニー的な部分をチェックしていたが、男の私としては許容範囲内だった(ま、私が男なんだからというツッコミは入るでしょうけど)。
「男のための男の映画」なのだから、どんなに描写を平たくしたってこの映画で「女」が脇役だったりステロタイプだったりするのは当然ではないか。

・その3
そのような「雨が降ったら天気が悪い」というような当たり前のことを、相当に高学歴な人が書いてしまうということに暗澹たる気持ちになる。
しかし同時に、このような「男が女の目を盗んで何かやる、男にとって都合のいい映画」には、そのような無粋なツッコミが入る時代になってしまったとも言える。少なくとも日本ではそうだ(アメリカでは大ヒットしたそうなので、アメリカの女たちは許容しているのであろう)。

かつて、アクション映画はほとんど男のためのものだった。だからずいぶんひどい、男性中心的な描写も見られたが、それをクリアしてなおかつ、現状ヒット商品として仕上がっているのは、「女性を主人公にする」とか「女性を活躍させる」というふうに、うまく路線を変更できたからである。
ところが、本作のように「男にとって都合のいいことを、男がやる映画」では言い訳のしようがない。だからこそ映画そのものがどうあれ、「映画にとって『男に都合のいいことは何か』が浮上する、ということを指摘する」人間が必ず登場する。

繰り返しになるが、そんなものをとくに、この映画において指摘しても(すべてとは言わないが)何の意味もない。
私がたまたま観たブログを書いている人が男か女かわからなかったのだが(というか、こういう問題について書くときに自分が男か女かくらいはっきりさせておいてほしい)、本作に関して「女から見たら不愉快だ」とか「女から見たらこういうところがおかしい」と指摘してもどれほどの意味があるのか、きわめて疑わしい。

そういう指摘は、「男性も女性も観て、なおかつ女性がウットリするような映画」においてなされるのがもっとも啓蒙的なんじゃないですかねえ。

・その4
だから本音を言うと、この映画、非常によくできているのだが心の底から楽しめなかった。
ぜったいに、映画を観終わってから「こんなの女に言わせれば○○だ」って言い出すやつがいるに決まっているからだ(一人で観に行ったけど)。

たとえば法廷ミステリー映画を観に行って、それが法律の素人には非常に面白かったとして、観終わった直後に弁護士から「あんなの専門家から言わせれば間違いだらけだ」と(しかもその映画が、物語上あえてウソをウソとわかっていて描いていたとして)指摘されたらどんな気分になるだろう? 不愉快を通り越して、呆れてしまうだろう。なんて無粋なんだろう、と。

本作で最大の悪役は、スチュ(歯科医)のフィアンセである女性だ。彼女はスチュと交際している三年の間に、クルーズ船のバーテンか何かと浮気して、それを悪いとも何とも思っておらず(それはバチュラー・パーティーにスチュが参加する段階でおあいこだとカウントしても)、スチュのやることにこと細かに文句を付ける非常にこうるさい女として描かれている。

最後にスチュがブチ切れて、ダグの結婚式の会場でその女性を罵倒し、二人は別れてしまうのだが、「男性が女性を罵倒する」シーンを正当なものとして描く映画をひさしぶりに観た。そして、スチュはベガスで知り合ったストリッパーの女性と紆余曲折あって付き合うことになる。

このあたり、ぜったい文句言うヤツがいると思ったら、やっぱりネット上でいたなあ、と。

この映画に登場する女たちは、ダグの花嫁も含めてキャラクターとしては確かに薄っぺらい。でもそういう映画なのだ。
とくにスチュの彼女に関しては、わざわざ「悪役」としてつくり上げた感がありありなのである。彼女が彼氏の行動にいちいち干渉してくるということと、「バーテンダーと浮気した」という尻軽な部分はキャラクター造形としてあきらかに矛盾する(と、日本人である私には思える)。
一方で、ベガスのストリッパーの方は「とってもいい子」として描かれている。しかし、こんなもの「男の夢」として描かれているに決まっている。冒頭に私が書いた、グラビアアイドルがブログで「バチュラー・パーティーなんて、許せない!」と書く「キャラ」とおんなじなのだ。

つまんないことを長々書いてしまった。私が言いたいのは、「ミソジニー的な描写が避けられない映画」において、「それを指摘することで何かをしたような気になっている人がたぶん続出するのだろうな」と思っていたら当たってしまったのでイヤな気持ちになった、ということだけである。

・その5
さて、ここまで長々書いたら最後まで読む人もいないと思うのでこっそり(?)書いておく。
twitterで、冗談まじりに「自立したシングルマザーの刑事が、ゲーム感覚のテロリストと対決する話はもうやめてくれ」と書いたが、実は相当本気だ。
実は現状、物語の世界で無敵なのは「自立したシングルマザー」なのだ。
それは、物語の世界で「いちばんワリを食っている大人」として描かれる。男性中心社会の矛盾を一手に引き受けて、なおかつ「子供を守る」という「人間として自然なこと」をやろうとしている……それが現代のスーパーヒーローなのだ。

そうした「社会のしがらみ、性差の問題、わが子を育てるという『血』の問題」と戦い続ける者が、「ゲーム感覚のテロリスト」という、生活実感とは直接関係ない目的を持った敵を糾弾する、というのが最近ではもっとも美しい図式なのである。
だから、私の知るかぎり「ゲーム感覚のテロリスト」側はたいてい男性。少なくともリーダーは男性である。

ちなみに、物語における「自立したシングルマザー」が敗北して怨霊となると、Jホラーとなる。確か「リング」は男に裏切られた女の娘が「貞子」だし、「呪怨」でも男に裏切られた女が怨霊になるんじゃなかったっけ?

私は、ダーティー・ハリーやチャールズ・ブロンソンや大藪晴彦だけが存在する世界には偏りがあると思っている。
しかし、そのデンで行けば、なぜか「物語世界内シングルマザー」のみが神聖不可侵の大ヒーローとして(強調しておくがあくまで物語内で)君臨する現状というのも、やはり偏りがあると思っている。

「ハングオーバー」にもシングルマザーは登場する。それがベガスのストリッパーで、「実はすごくいい子」ということになっている。
「水商売ではない女性より、水商売の女性の方がいい子」というのも男性側のステロタイプな幻想だ、とどこかのブログで指摘されていたが、もちろんそのとおりである。
だが、そういうことを鼻高々に指摘する人のうちの何人かは、ステロタイプに「いい子」として表現されているシングルマザーのストリッパーを、「ステロタイプである」ということを理由に、無意識に攻撃してしまうのである。

まあ、後のことはおれは知らない。

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