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・「湯けむりスナイパー」全16巻 原作:ひじかた憂峰、作画:松森正(1999~2004、実業之日本社)

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漫画サンデー連載。殺し屋を引退し、秘境の温泉宿・椿屋で働くことになった源さんの視点から描き出される人間模様。
その後も「湯けむりスナイパー2 花鳥風月編」として続いている(らしい。自分はまだ未読)。

2009年にテレビドラマ化され、DVD[amazon]も出ている。

しかし注目すべき(?)は、私が「ふぬけ共和国・マンガ」において、1999年の個人的マンガベストテンでまだ2巻しか出ていなかった本作を「ある意味過剰なマンガ」という文脈であげていること。

そこに本作が入っているというのは、連載が何年も続いてテレビドラマ化までされた現在、逆に奇異に思えてきたりもする。
しかし、「やりすぎコージー」で東野が「ちょっと変なマンガ」として紹介していたこともある。
やはり、「湯けむりスナイパー」は、いい話ではあるけれど、「ちょっと変なマンガ」でもあるのだ。

私は本作が決して嫌いではないということは明言しつつ、本作の「気になるところ」について、あえてあげてみたい。

・その1
「元殺し屋が温泉旅館で仕事をする」という設定自体がユーモラスではあるのだが、格別突飛な設定というわけではない。
驚かされるのは、「元殺し屋」という部分が回を追うごとにどんどんなくなっていくという点だ。
これが原作:小池一夫なら、昔の因縁がある敵が温泉宿に次から次へと押し寄せ、アクションパートの方が多くなるに違いない。

また、本作ではワケアリの人々が過去を隠して従業員になるケースも多く、他人の過去はあまり詮索しない、という設定にもなっているようだが、源さんレベルの「闇」を背負った人物というと松茸取りの名人・松三くらいしかいなくなるのである。

本作における源さんは、「元殺し屋」というよりも、都会で自分の価値観だとか義侠心だとか言った部分を殺しながら生きてきた男、の象徴なのだろう。

・その2
で、そうは言っても、原作者の嗜好なのか一つひとつのエピソードがものすっごく小さいのだ。
「え? これで終わり?」というようなエピソードも少なくない。
私個人は、松森正の絵がとにかくすばらしいので、本作を読んだときの「癒される満足感」はかなり松森正の絵の効果が大きいのではないか、とは思っている。

・その3
さて、そんな源さんの「椿屋」での生活も、物語中盤ではすっかり板についてくる。だが、連載が長期化すればするほど、源さんのような人物がこのような閉鎖的な土地柄になじめるのか? という疑問が浮上してこざるを得ない。

実際、源さんは温泉組合あげての花見の参加を断ったり、「だれだれと飲みに行って来い」という番頭さんの気遣いを断ったりしている。あるいは結婚のあっせんみたいなこともされるが、それも断る。
それらは、源さん自身のプライバシーとして譲れない部分である。

しかし、だれもが顔見知りの狭い世界で、本当にそのような生き方が通用するのだろうか?

もちろん、本作で描かれる温泉旅館がユートピアとして描かれているとしても、だ。

……書いても仕方のないことを書いてしまった。
しかし、連載終盤、源さんの「元殺し屋」という属性が後退し、「結婚相手になりそうな男衆が少ない中でのシブくカッコいい男」というキャラになってから、「元殺し屋」という設定とは別の「リアリティ」への疑問が生じてきたことも確かなのであった。

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