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【雑記】・「中年と青年の壁」

柳沢きみおの、主に四十代後半以降の作品を人(たいてい年下)に進めていても、どうもフィット感がないというかきっちり「わかってもらった」という感覚がない。
この壁は、たぶん越え難いものだろうと思う。

・その1
柳沢きみおは、おそらく日本のマンガ史において初めて「老い」について描いたメジャー作家である。

「中年の好きそうなマンガ」について話をしていて、ちょっと歯がゆくなるのが、中年といっても三十代後半と五十代前半では同じ「中年」というカテゴリでも考えていることはまったく違うということだ。

「中年」を「中年」たらしめるものは何かと言うと、それは「自分の力量と可能性の限界」を悟ってしまった、ということになる。
その要素がなければ、それは単に「体力の落ちた青年」であったり「頭のはげた少年」にすぎないのだ。

柳沢きみおは、四十代をすぎたあたりからそのあたりの問題……すなわち「人生が残り少ないと自覚せざるを得ない」男について描き始めた。
彼の描く中年以降のキャラクターの恋愛、不倫、野望などはすべてこの「人生が残り少ない」という強迫観念から来る。
つまり「老い」と「不倫」はトシを取ってくると(物語において)表裏一体の事象となる。柳沢きみおの作品では、主人公は「緩慢な老い(それは自分自身の能力の限界を知る、ということも含む)」に焦り、突き動かされるようについバカをやってしまう。

この辺の中年男の悲喜劇は、三十代前半くらいまではなかなか理解できないものだ。私も三十代まで柳沢きみおの作品なんて、読んだこともなかった。
これは逆に、中年を過ぎてくると「若さゆえの切実さ」に理解が薄くなることと似ている。

だから、自分が嬉々として若い人に柳沢きみおを勧めてきたのは、滑稽なことだったかもしれない。
どうしてもトシを取らないと、わからないことがあるのだ。

五十代後半から現在に至る柳沢きみおの作品は、確かにグダグダになってきている。最盛期を過ぎたことは否めない。しかし、たまに読むとやはり共感せざるを得ない部分がある。

この辺も理解されにくいところだ。

・その2
自分が若い頃、中年・初老の男たちをどう観ていたかというと、欲望をむき出しにする人たちは心底醜いと思っていた。
若い自分たちと似たような欲望を、トシを取っても持ち続けていると思うとなんだかガッカリしてしまったのである。

それがまだしも、権力欲とか仕事を充実させたいという欲ならともかく、中年になってくるとやり方がせこく、しみったれてくるんだよな。

そういえば、twitterでたまたま見かけてビックリしてしまったのが、まだ若い人のつぶやきなんだろうけれど「中年以上になってまだ仕事にしがみついている人はオカシイ」みたいなことが書いてあったこと。
確かに、最近仕事を見つけるのも大変だろうし、自分より年上の人間が何年も職場に居座り続けてはたまらない、という思いもあるのだろうが、「中年・壮年がいつまでも仕事に情熱を燃やしている、後進に道をゆずらない」のは、戦後日本社会がそういうふうにできているからで、当人たちに責任はない。

「いつまでも若くありたい」、「いつまでも社会に現役として受け入れられたい」という欲望を、老若男女が抱いているのが現在の日本社会だ。

「リタイヤ」という概念が、基本的にない国なのである。
老いてリタイヤするための社会制度もおぼつかないし、何より思想がない。

まあいいか、そんなことはどうでも。

おわり。

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