« 【雑記】・「ガクセイウンドウ問題」 | トップページ | ・「UFOロボ グレンダイザー」全3巻 原作:永井豪、作画:桜多吾作(1999、双葉社) »

【雑記】・「気持ち悪い人・困った人disり問題」

偶然なのか何なのか、ここのところ立て続けに「気持ち悪い人」をdisるテキストをネットで立て続けに読んだ。
それぞれが何の関係もないのに、である。
何か、いやな予感がする。
この予感は、はずれてほしい。

・その1
どんな人間集団にも少なからず「気持ち悪くて、なおかつ困った人」というのはいる。
「オタク」が最初に批判されたのも、「気持ち悪いから」であった。

正確に言えば、「気持ち悪いオタク」が批判されたのだ。

実際、単に気持ち悪いだけでなく非常識だったり、他人に迷惑をかけたりという人もいる。
だが、批判されるべきはその人が「具体的に他人に迷惑をかけた」という部分であり、
「気持ち悪いから」というだけで批判したのでは「臭いから」とか「○○菌がうつるから」と言っていじめを行う小学生と同じである。

いちおう断わっておくと、喫茶店とか飲み屋で、合意の元だったらだれについてのどんな差別的な悪口を言ったっていいと思いますよ。
それこそ人の口には戸は立てられないし、私は道徳家ではないのでその人の頭の中のことを強硬に修正する欲望は持っていません。
私だってそういう場では悪口を言うことはあるよ。

しかしだね、ネットってのはだれでも観れるんだから、密室じゃなんだからもう少しなんとかしろよと言いたい。

単に「変わった人」にすぎないものを、異常なまでに批判する人、そういう自分を完全に正義だと思い込んでいる人とは、友達になりたくないね。

・その2
で、「自分が完全に正義だと思って気持ち悪い人を批判する人」というのは、はっきり言って単なるバカというかストレートなバカなので、自分のバカを晒しているのだから勝手にしろというところなんだが、「今、『逆に』気持ち悪いやつをバカにしたら面白いんじゃねえ?」っていう感覚の「逆に」病患者がタチが悪い。

よくたとえに出すのだが、
「とんちに答えられない一休さん」とか「弱い座頭市」っていうのは、私個人はギャグにならないと思ってるんですよ。
そもそも(説話上の)一休さんや映画の「座頭市」、それと水戸黄門なんかもちょっと入るんだけども、もともとの物語構造が、子供、老人、身体障害者という社会的弱者が強者をやりこめるところに意味がある。
言ってみればオリジナルが「逆に」から始まっているわけで、それを単純に元に戻したら、ただの現実だよ。
「弱い子供」、「弱い身体障害者」、「弱い老人」だもの。

「逆に」っていうのはものすごく高度な遊びであって、将棋や囲碁やチェスの一手を打つくらい熟考しないといけないんですよ。でも、今の若い人って生まれたときから「逆に」文脈の中で育ってきているから、いったんこじらせるととんでもないことになる。

あと、オタク関連で言うと「オタクは金になるから」って近づいてくる人も多いんだけど、この不況下で、旨みがあると思って近づいてくるならもうちょっとリスペクトしろよ、オマエのスタンスならオタクはお客さんなんだから、たとえ話だが給湯室や厨房の隅っこでコソコソなされるような会話を、堂々と表でしゃべっていいわけがないんだよ。

・その3
それともうひとつ、今後、超実力社会と同時に福祉の充実が叫ばれると思う。そうなってくると「バリバリの戦士みたいな人」と、「保護されなくては生きていけない人たち」がイメージとして二極分化する。
その中で、「保護されている人たち」を「戦士みたいな人たち」が、「おれたちの税金でおまえらが生きているのだから」と情け容赦なくサベツする時代が来るかもしれない。

あたってほしくない予感というのは、そういうことだ。

|

« 【雑記】・「ガクセイウンドウ問題」 | トップページ | ・「UFOロボ グレンダイザー」全3巻 原作:永井豪、作画:桜多吾作(1999、双葉社) »

オタク」カテゴリの記事

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

社会全般」カテゴリの記事