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【雑記】・「私にとって創作とは2」

下記のエントリ、タイトルは「創作とは?」とやや大上段に構えているのに、過去に自分が書いた駄文の紹介で終わってしまっている。

これは、最初構えて書き始めたのだが自分の書いたものの内容をすっかり忘れていて、再読したらけっこう気に入ってしまって一時的にどうでもよくなってしまったからだ。

そりゃ自分の書いたものなんだから、自分が面白くて当たり前なんだが、これがまぁ他の人にはウケないんだよね。
完全に忘れてしまってから自分の作品を読むということは他人のものを読むのと同じで、それで面白いと思うのだから私はまったく同じものを別の人が書いてそれを読んでも、面白いと思うはずなんですよ。
でも自分が書くとなぜかウケないんだよね。
で、仕切り直し。

・その1
作品単位ではなく、「創作そのもの」について語ることは、かなりデリケートな問題だと考えている。
それは「どれだけがんばっているか」という問題にたやすく帰結してしまうからだ。
しかし、それをこちらとしてもムゲにするわけにもいかない。

そういうコンフリクトから自分が抜け出せないとわかったこと、創作論(とくにアマチュア創作論)を、ほとんどだれも問題にしていないことを悟ってから、私はいつの間にか創作論全般に興味を失った。

ちなみに今世紀最大最強、最終の「アマチュア創作論」は、今頃言うが岡田斗司夫の「プチクリ」である。
あれはなんとなくヒマなOLのための自己啓発本みたいな体裁を取ってはいるが、内容はコミケなどのアマチュア文化の存在意義を、「ここが優れた作品の土壌だから、という理屈」以外で説いて見せた、超画期的な本だったのである。

岡田氏自身が思ったほど売れたと感じていなかった印象で(それでも相当売れたとは思うが……。今でもアマゾンで中古でも400円近い値段がついているし)、私の周囲のアマチュア仲間にもほとんど話題にならなかったので、根本的に「アマチュア創作論」というのは必要とされていないのだ、と思ったことを覚えている。

・その2
しかし、アマチュア創作の存在意義に言葉を与えられない以上、すべての作品は自動的に「プロに近づいているかどうか」という観点からしか見ることができない、ということにどうして多くの人は気づかないのか? やはりどうでもいいのか?
たまたま別のことで検索していたら、あるプロマンガ家が「マンガ家は親の死に目に会えない仕事だ」と言ったら、アシスタントにシラケた反応をされ、結果的にそいつは消えていった、という一文が目についた。

このマンガ家は、「プロは結果がすべて。努力しようがしまいが面白いものが描ければいい」としながらも、「天才でない身は常に努力を惜しんではならない」という結論を出す。

それは創作者の態度としてはまったく正論だと思うが、「創作論の正しさ」という観点から見ると、ある意味典型的だと言わざるを得ない。
すなわち、どのようなエクスキューズが付こうと、けっきょく、
「どれだけ努力したか、あるいはしようと思っているか」
という心構えの問題になってしまうのである。

「結果がすべて」と言いつつ「努力が問題」と言わざるを得ない状態、なんてのはマンガに限らずどんなものでもそうである。
しかも、それ相当の仕事を成した人でないと、この物言いは成立しない。

実はほとんどの「創作論」は上記の理屈の変奏にすぎない。簡単に言えば「根性論」である。

しかし、評論というか批評的言説のみでアプローチするとしたら、それを切って捨てることがどうしてもできないのだ。
その状態を「コンフリクト」だと言いたいのである。

・その3
で、それを打破するには「それ相当の仕事を成してきたクリエーターが、批評的言説で語る」という方法がある。
これはこれでそれなりに成立しているのだが、実は最終的には「おれがそう思うからそう思うんだ」という展開になりがちでもある。
論理的に展開しつつ、最後にはいつでも「クリエーターのマインド」というブラックボックスに入り込んでしまうことができるのだ。

逆に言えば、マンガ評論で「表現論」が突出して注目されたのは、批評的アプローチにおいてある程度「クリエーターマインド」に入り込まなくて済む、という理由からだろう。
もっとも、マンガ表現論に多大な貢献をした夏目房之介は自分のマンガ家としての体験から表現論を出発させた、と思うのだけど。

とまあ、そんなことを思うのだった。
だからなんだ、ってこともないんだけどね。

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