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【雑記】・「自分の低エネルギーな80年代後半~90年代初頭回顧」

『ロスジェネ』第4号 大澤・杉田対談の1(我々少数派)

『ロスジェネ』第4号 大澤・杉田対談の1(の2)(我々少数派)

『ロスジェネ』第4号 大澤・杉田対談の1(の3)(我々少数派)

この文章の「1」の後半に、80年代後半から90年代初頭くらいまでの浅羽通明の影響力について書いてある。
全体通して興味深い文章だが、個人的には私が社会評論とか思想系の本に強い興味を持っていたのって90年代初頭までだから、その頃のことに個人的に思いをはせてしまうのだ。

上記リンク先の「1」の後半で書かれている「“知的”とはいっても柄谷なんかは読めなくて、だけど思想・哲学系の入門書ぐらいだったら読めるし興味もあるという程度の、90年代初頭の“知的”な若者たち」の一人がまさしく私だったわけで、私も浅羽を愛読していた。「天使の王国」とかも、好きでしたよ。

というか、そもそも浅羽周辺(っていうか「宝島」周辺?)の左翼批判がものすごくて、「柄谷行人って左翼らしいぜ」っていう理由だけで読まなかったんだよね。すいません! そういう敬遠の仕方っていちばんよくないと、今は思う。若い頃、1冊くらいは読んでおくべきだった。

で、リンク先の文章の主旨としては、「さまざまな運動に飛び込めなかった若者たち」が、その負い目を正当化するために浅羽の「ネオ社会派批判」言説に飛びついた、と考察してる。
それは「政治運動」に関わっている人たちが浅羽の「ネオ社会派批判」の影響力を感じていたということで、確かにそういう要素はあるんじゃないかと思う。

私個人は、当時の反原発運動なども含む「ネオ社会派」にはあまり興味がなくて、何というかもっと人間として低エネルギーで、もっと度胸がなくて、いろんなことに踏み込むことができなかったわけです。
そんなただ部屋で寝ころんで「なんか面白いことないかな」程度にしか思ってない私のような人間にとっては、浅羽の「ネオ社会派批判」よりも響いたのは「ニセ学生マニュアル 死闘編」で全面展開された「知のおたく」批判だよね(このブログでは何度も言及してるが)。

あれがあまりにも衝撃で、「おれはこんなふうに(知のおたくに)ならないぞ」と思ってみても、もともと柄谷クラスになるとわかんなくなっちゃうような知的レベルだから、すぐにくじけちゃう。

で、できることと言ったら「マジメに日常を生きる」ってことしかなくて(笑)(浅羽言説を忠実に実行しようとすれば、自然とそうなる)、当時は私もサラリーマンになったばかりだったんで環境が激変して忙しいこともあったし、そういう心境にフィットしていたんだよね。

さて、「政治運動家側」からすれば、私みたいなヘタレが思想・哲学系の本を読んでいたということ自体、アンビリーバブルだと思ったりするかもしれない、と感じるんだけど、リンク先の文章の「1」から引用させていただくと、時代状況としてはまさしく以下のような感じだった。

(引用開始)

1つ前の80年前後のサブカルチャーとポストモダン思想のムーブメントが、おそらくその成長期がちょうど“内ゲバ”の全盛期と重なっていたために政治運動における新勢力の登場を不可能にしていて、したがって政治運動の分野を欠落させたまま展開したことが大きく影響しているんだけど、つまり80年代半ばあたりにおいては、政治派と思想派は反目しあうというか、軽蔑しあうような図式が成立してた。

(引用終わり)

まさしく「政治派と思想派は反目しあう」っていう図式は、本当にあった。だから、「おれは思想派だ」って自己規定してしまえば、私のような家でゴロゴロしてアニメ見ているような人間でも、思想・哲学系の本を読むということの意義は与えられていたんだよね。

そして、私がシュミでやっている「90年代初めくらいまでのオタク史」の確認からすると、政治運動に関わろうと思って関われなかった若者の中でかなり多くの者が浅羽の「ネオ社会派批判」を免罪符にしていたとすると、「思想・哲学系」に興味を持っていた、どっちかというと「書斎派」というか今で言う「草食系」というか、そっちの若者も浅羽の「知のおたく批判」でかなりはじき出されたという気はするんだよね。

……って自分で思うけど本当に何度も書いてるねここのくだり(笑)。
でも本当、私個人は90年代初頭で思想・哲学系の書物に対する興味が急速に薄れて、95年前後のオタクブームというかオタク再評価の流れに傾倒していく。
で、「オタク」ってのも「当事者性」の問題とゆるくつながっていると、私個人は感じるんですよ。

私のような思考の経路をたどったオタクを、実は他に確認したことはないし、いくらなんでも浅羽言説にそこまで大きな影響力はないとは思うんだが、しかし67年生まれから70年生まれくらいまでって人数的にも多いんだよ。第二次ベビーブームがあったから。
その中で、過激な運動にも知的な思索にも加われないと思った若者の多くが、90年代のオタク再評価に大量に流れ込んだのではないか、っていうのは仮説としては十分成り立つと思う。

なお、いろいろ書きましたが私は浅羽通明はもっと読まれるべきだし、閉鎖的な論壇人が言及していないとしたらぜったいにオカシイと思っております。「オタク論」的見地からも、浅羽を読んでない人はけっこういるのでね。

……とオチがないまま終わるが、今は本当に、ここ20年くらいの思想・哲学史と政治運動史を再検討する時期には来ていると思いますね。

【参考】
【書籍】・「青いムーブメント まったく新しい80年代史」 外山恒一(2008、彩流社)感想
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