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・「SHOP自分」全6巻 柳沢きみお(1999~2001、小学館)

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ビッグコミックスピリッツ連載。
29歳の野々島直人(通称チョク)は恋人にふられ、務めていた会社も倒産してしまう。
自暴自棄になってしまったチョクは、ふとしたきっかけで「SHOP自分」という、格安の家賃で1階が店、2階を住居として使える建物に出会う。
そこではさまざまな人々が、ギターショップ、陶芸、アクセサリー、無農薬野菜、ガラス工芸の店などを経営していた。
サラリーマン生活に見切りをつけたチョクは、SHOP自分の店舗をひとつ借り、古着屋を始めることになる。

・その1 人情喜劇でも、サヨクでもなく
きみおワークスにおいても、その自分探し的なタイトルが印象的な本作。
「SHOP自分」の住人たちと客、ライバルの古着屋、チョクの元カノなどさまざまな人間が行き交うドラマである。
通常、こういう設定を考えた場合、舞台が下町だったら親の代から知り合いのような濃密なコミュニティの中での人間模様が描かれるし、東中野、高円寺、阿佐ヶ谷あたりだったら設定の背後に新左翼的コミューンのイメージが付与されることは否定できないだろう。

ところが、本作は原宿を舞台にしていることと、柳沢きみおがベタベタした人間関係をあまり描かないこと、そしてまったくのノンポリだからだろうか、「他人同士で共同生活をしていく」というところに教訓色は非常に薄い。

大家さんは主義主張があって店を貸してやっているのかと思うと、道楽で身を持ち崩した単なる趣味人だし、無農薬野菜を売ってる青年も見事なまでにノンポリである。

そして特筆すべきは主人公・チョクのその場しのぎの何も考えてないところ。彼が優柔不断であるからこそ、読者は感情移入できるのだ。かといって、前述のとおり他の住人たちに何か強烈な主張があるわけでもないので、何かの色に染まることもない。
チョクは自分の古着屋の店番をして、古着の買い付けして、仕事が終われば大家さんの部屋でビールやワインを飲んで、ときどき女の子について悩むだけである。

作品の背景には、本作連載より前に山一證券が倒産したことなどがあるだろう。不況不況と言われつつますます深刻さが増していった時期で、チョクの生き方は「サラリーマン的ではない自由な生き方はあるのか?」というシミュレーションでもあった。

・その2 薄いからこそ、共感できる
チョク以外の登場人物たちは、過去にいろいろあった者、現在でも悩みを抱えている者が多い。しかしそれらが何か社会問題を浮き上がらせるわけでもなく、その個人の問題として描かれる。それらはどれも身近で、共感できるものだ。
また、友人に裏切りにあってもけっこう許してしまうチョクの性格が、本作全体の雰囲気を表していると言える。
そう、本作には自立の厳しさなどの重みは少ない。どこかで「なんとかなる」と思える……そんな楽観主義が全編を貫いていて、肩のこらない作品に仕上がっている。

・その3 地縁とも血縁とも関係ない共同体というテーマ
「地縁とも血縁とも関係ない共同体」が果たして成立するのか? が、本作のテーマのひとつと言うことはできなくはないが、答えを出そうとはしていない。だから、2010年現在、本作を読んだだけでは問題提議として受け取ることができない。
ただし、現在を生きるうえで重要なヒントが隠されていることも事実で、しかし本作は本当にヒントしか教えてくれないのである。

柳沢きみおはただ、どんな環境でも人がいて、彼らがそれぞれ悩みながら、迷いながら生きていくさまを淡々と、しかし慈愛を込めて書いているだけである。「地縁とも血縁とも関係ない共同体は成立するか?」という重要部分にすら、気づいていない可能性もある(ちなみに、その部分に明確に気づいていたのが田中宏の「莫逆家族」である)。

だから、「SHOP自分」の幕切れはやや唐突に訪れ、そこの住人たちも淡々とバラバラになっていく。
しかしその柳沢きみおの無意識……と言って悪ければ「自然体」が心にしみる。

・その4 地ビール
なお、伏線らしきものとして「チョクが地ビールをつくる」というくだりが頻繁に出てくるが、酒をつくって販売する許可を得るのはむずかしいため、「地ビール会社をつくる!」というような燃える
展開にはいっさいならない。
チョクは自分のつくったビールを飲みながら「このビールはよくできてるなァ」「これは失敗だったなァ」などと言うだけである。

そういうところも、またこの作者らしいとぼけた感じがあって良い。

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