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【映画】・「ディア・ドクター」と「空気人形」

「ディア・ドクター」と「空気人形」の二本立てをやっていたので、観に行った。
両方とも「ニセモノ」、「代用品」の物語だった(これだけ言っても、ネタバレにはならないだろう)。

狙って二本立てにしたのかどうかわからない。「ニセモノ」、「フェイク」は、80年代中盤以降の広義の芸術作品における重要なテーマだから、偶然重なってもおかしくはない。
両方ともいい映画なので、機会があったら見てほしい。
そして、このエントリは映画の感想ではない。

「ニセモノ」、「フェイク」が現代の重要なテーマであるとは言え、人々は常に「本物」を求めている。そういう気持ちは常にある。
マイケル・ジャクソンの死後、マイケル再評価が急激な勢いで進んでいる。「This is it」も大ヒットしたそうだが、マイケルこそひさびさに現れた「本物」だったから、と言うことはできると思う。

日本における「マイケル奇人説」を決定的なものにした「マイケル・ジャクソンの真実」には、「マイケルとはフェイクである」というテーマがあり、マイケルの死後公開された「This is it」には、「マイケルは本物である」というテーマがあった。
しかし、生前のマイケルは舞台裏を見せることを極度にいやがっていたといい、死ななければ「This is it」は見られなかったかもしれない。
ということは、マイケルは死んだことによってその「本物性」を不動のものにしたということであり、「死ななければ本物になれないのか」という問題定義もしているような気がする。

話をフェイクの話に戻すが、もともとサブカルというのは言ってしまえばフェイクなシロモノであった。厳密に言えば、「本当はホンモノなのだが、たまたま理解されずニセモノの中に混ざっているもの」と、「本当に単なるニセモノ」が入り混じった存在だった。
ホンモノだったら、待っていれば、時流が変わればいつか認められるかもしれないが、ニセモノというのは永遠にニセモノである。
問題はその処遇をどうするか、ということを、最近はみんな忘れてしまったような気がする。

「サブカルなんてもはやないんだ」という意見は、一面では正しいのだが、それはかつてニセモノの中に混じっていたものが腑分けされ、かなり明確に「ホンモノ」カテゴリーに分類されるようになったということでもある。

ニセモノを愛でられない人は、どうも信用できないと思ったりする。

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