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【雑記】・「朝青龍と亀田一家」

朝青龍クビ 現役続行望むもしぶしぶ引退(ニッカンスポーツ)
どうもニュースをざっと観ても、肝心の暴行事件のことがよくわからないので、とりあえず「朝青龍が、知人男性に暴力をふるった」ということを前提に話を進める。

引退すべき/引退すべきじゃない、と意見はさまざまだが、私は暴行したとしたら(酔っぱらってつまんないことで他人を殴って、それが警察に届けたら事件として扱われるくらいの強いものだったら)、今までの積み重ねから見て引退するよりほかないと思う。

芸能人やスポーツ選手が反社会的な行動をとった場合、「広義の芸能というものは、そういう理不尽な部分も含めて成り立っているのだから、あまり四角四面にやってはつまらなくなる」という意見がある。
自分も、その意見そのものには同意する。が、朝青龍の場合、どうも「やってることがどういうふうに世間に受け取られるか」を最後までよくわかっていないように感じ、それが問題だと自分は思っている。

これは亀田一家騒動があったときも同じだ。亀田一家に対し、「面白いからいいじゃん」とか「ああいうギミックがないと、いくら強くても売れないんだ」という意見を耳にした。
私も、スポーツがエンタメ化する中で(正確には、競技そのものがガチとして受け止められつつ、その表現方法がエンタメ化する中で)「スポーツ選手は品行方正であれ」とは言わない。しかし、亀田一家の「演出」も、ジムの会長なのか親父さんなのか知らないが、「演出する側」の「的はずれな感じ」にどうにも座りの悪さを感じていて、それに自分は苛立ったのだった。

(もちろん、亀田の場合「面白いからいいじゃん」と言っていた人の中で、素直に亀田一家を応援していない連中は、その演出のズレを嘲笑っていたのであり、一回転ひねった観方だから素直に不愉快に思っていた人たちがそれを間に受ける必要はない。)

朝青龍の場合も、別に傍若無人にやるのはかまわないが「この人、本当にわかってんのかな?」という、簡単に言えば「勘違い」の部分の存在を否定できなかったと思う。

かつて、横紙破りなふるまいをして人気のあった役者や芸人は大勢いたとは思うが、それはあくまでも「その人の評価されるべき面」が「その人の芸」に特化していたからで、相撲とは多少おもむきが異なる。
「相撲らしさ」とは、「横綱の品格」を含めてのものだからだ。悪役プロレスラーの存在は、プロレスの中で織り込み済みで、「悪役レスラー」が存在するからこそプロレスが光る部分があるが、相撲は「型」が決まっているからこそ「悪さ」を「魅力のひとつ」と言ってしまいにくいところがある。
だから、朝青龍が、いつもカド番とそうでない場所を行ったり来たりしていて、なおかつ面白い相撲を取るような微妙なポジションの力士だったら、ここまで騒ぎにならなかったかもしれない。やはり「横綱だから」という意味での裁定だったのだろう。

また、現在の角界のバランスの問題も大きいだろう。時津風部屋のリンチ事件、あと薬物を吸って解雇された力士もいたが、不祥事続きの現状で……という面も大きいと思う。

同意してくれない人が多いので何度でも書くが、人間、人のものをかすめ取って他人の不幸が蜜の味、と思っている面は確かにあるが、一方で「正しさ」を希求する気持ちも根本的に持っている。
現在はリテラシーが進んで、少なくとも30年くらい前よりは「悪の魅力」とか「邪魔者の美学」のようなものが、スター性ばかりではなく理解されている状況だと思うが、そんな中での世間の「朝青龍」批判であり「亀田」批判であった、ということは覚えておくべきだと思う。

なお、蒸し返すようだが私は草なぎクンの全裸事件に関しては同情的である。草なぎクンのやっていることは「そういうこともまあ許されるかな」と思えるたぐいの芸能だからだ。
これが歌舞伎だ能だ狂言だとなれば、また変わってきていただろうけれどもね。

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