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【雑記】・「小姑根性」

ルールと価値観
例の国母服装問題について。
河野太郎、政治家としてはどういう人か知らないが、なかなかいいことを言っている。
明文化されたルールと、明文化されない価値観の問題は、今後も至るところで顕在化するに違いない。
そういうこと自体が「現在だ」と言っても過言ではない。

しかし、驚いたのは文中に出てくるやくみつるの小姑根性だ。

漫画家のやくみつるさんが「本来、制服を着崩すことがよくないのに、学校では恒常化しており先生がとがめることもない。この風潮に待ったを掛けるためにも、国母選手は本国に召還すべきだ。」と発言されている。横審のメンバーでもあるやくさんの気持ちはよくわかる。
いや私にはわからないね。 国母を召喚すべき、なんてのは論外だが(いくらなんでも厳罰過ぎる。それなら髪を染めてる選手は全員、過去に遡及して処分すべきだろう。もちろん上村愛子チャンも)、それよりもやくみつるが「明文化されていない空気的な部分」に、わざわざ口をさしはさむタイプの人だったということにショックを受けた。

私は、朝青竜の処分に関しては「大相撲はプロレスや格闘技と違い、それをはずしたら大相撲ではなくなってしまうある一線がある」という見地から仕方がなかったと思っているクチだが、横審のやくみつるがこういう考え方の人だったとは思わなかった。

だいたい、本当に「学校では着くずしを注意していない」のかも疑問だし。たぶんマクドナルドでギャーギャー騒いでいる、制服を着崩したガキどもを思い出して「前から気に食わなかったんだよな、ああいうやつら」と思ってコメントしたのだろう。

人間、どこかでだらけないと生きていけないようにできている。一休さんだって、和尚さんの水飴をなめたりしているのだ。しかし、「いったいどこまでだらしなくしてよいのか」の明確なルールはない。それこそ、人々の経験の積み重ねでうまくコントロールされなければならない。
たとえば1回でも遅刻したら退学なのか、3回までは許されるのか。そういうことは現場が決めることであって、学校現場と何の関係もないやくみつるにそういうことを決める資格は何もない。

「制服の着くずし」は、私もカッコいいとは思わないのだが、国母個人の問題(ましてや「オリンピック」という限定された状況)をそのまま一般社会に敷衍させて、それを取り締まろうとするやくみつるの意図がわからない。
何か、「なあなあである程度うまくできている」大学のサークルに突然ОBがやってきて、現役連中が思ってもみなかったところをこと細かに指摘してダメ出しをしている、そんな光景を思い出してしまう。

これは私がやや問題を広げて考えているからだが。
適度なだらしなさの中で(逆に言えば適度な厳しさの中で)、人間は生きている。それを「適度かどうか」判断できるのは具体的に言えばそれぞれの学校の先生たちであって、やくみつるではない。
というか、やくみつるみたいなボウフラみたいな野郎が、「角界」という特殊な世界ではなく、「日本の一般的な学校」に影響をおよぼすことができる、と考えていること自体片腹痛いし、そうあってはならないと思う。

そもそも、やくみつるというのは本当に謎の人だ。
昔の「大人マンガ家」というのは、はらたいらとか福地泡助とか滝田ゆうとか、「どうやって食えているのか、忙しいのかヒマなのかわからない粋人」という役割をテレビで担っていた。
だから、やくみつるがテレビに出始めた頃、「かつての粋人を演じようとしているのか?」と解釈した時期もあった。
芸能人の結婚式の引き出物を集めたりとかね。ああいう酔狂な行為からしても。

ところが、発言はきわめて四角四面で面白味がない。少なくともマンガ家の意見ではない。
そしておそらく、「世の中がデタラメだから、本来は酔狂なことを言うべきだがあえてまっとうなことを言う」という意識もないだろう。
だいたい自分自身が世間の余剰で食っているような身分のくせに、「そもそも論」なんか言える立場かっつーの。

……とややきつめに書いてしまったが、とにかく「デタラメやってきた人が筋論を振り回してそれを一般人がありがたがって聞く」という構図は、いつの頃からか定着してしまった非常に醜悪なものなので、まっとうに働いている人は、やく発言などは気にしないように。

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