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【雑記】・「年末グラビア談義・その2」

今年の総括としては、基本的には年頭に書いたこのエントリと、思っていることは変わらない。
けっきょく、「新しいもの、面白いもの」をグラビアが生み出せたかというと、生み出せなかったと思う。
私にとっては、前にも書いたとおりグラビアアイドルとは、いろんな立場の人がいろんな思惑で関わる、その結節点に生まれた一種の「隙間産業」だと思っているので、「グラビア」という観点からはもう思索の発展させようがない。

・その1
これは前からの話だが、やはり再び「アイドル冬の時代」になっているんじゃないかという気はする。
「アイドルなんて、もともと過去の存在なんだよ」と言う人たち、それでは今年のPerfume熱愛報道発覚に関するファンの動揺はどう解釈すべきなのか。やはり彼女たちはアイドルだったのだと思うよ。

また、地下アイドルとかそれほどメジャーではないアイドルはたくさんいるじゃん、と主張する人もいると思うし、実際いろいろと漏れ聞いてはいる。
だけれど、やはり80年代に小泉今日子の「なんてったってアイドル」で一周回ったアイドルが、2000年代に入ってモーニング娘。やハロプロが(継続しているとは言え)「国民的アイドル」の座からは降りてしまって以降、二周目を回ったなという印象は否めない。

男性アイドルのことはよく知らないが、極論を言えば女性アイドルというのは「男性の身勝手な願望の具現化」であって、2000年代というのは「男性の勝手な願望」を、生身の女性が演じることにそもそも無理がある、ということを知らしめる過程だったのではないかという気がする。
その「身勝手な具現化」を妄想の世界で追求し続けたのが「萌え」という概念であり、「二次元」というくくりだった。
一方で、実際の女性が演じる世界では、そのモデルケースとなる存在が本当に少なくなってしまった。

「グラビアアイドル」以前に、「男性が(身勝手であると承知しつつ)理想とする女性タレント」自体が、出てきていないのである。
上戸彩以降、出てきてないんじゃないか? そうでもないの?

いやでも、たとえば「お嫁さんにしたいタレント」も、「息子の嫁にしたい」という「無難でかわいい子」も、出てきてない気がする。

・その2
つまり、屋台骨である「正統アイドル」の居場所すら少ないのに、グラビアアイドルの居場所がそんなにあるはずもない、ということだ。
「エロさ」を追求していけば、結局はAV女優には勝てないわけだしね。

しかし「グラビアアイドルという中途半端」は、非常に日本人的だからやはり注目すべきだと思う。
「過激なものほど美しい」という価値基準を前提に、今までいろんなものが批評上、切って捨てられてきたけど、日本人はヌルいものが大好きだからね。やはり現実としてそれはある。

いちおう予言めいたことを書いておくと、形式としては「グラビアアイドル」というのは残ると思うけど、もはや何とも言えない、変な空間にはならないと思う。
理由のひとつは繰り返すが「理想のアイドル」という男の中のイデアそのものがゆらいでいるということ。
もうひとつは、グラビアを「エロス」だけで押し通すと必ず限界が来るということ(「着エロ」がルーティン化してしまったのもそのため)。
第三に、現役がなかなかやめない、世代交代ができないということもある。ほしのあきや山本梓、小倉優子などがまだ現役なわけだからね。6、7年前にやってた子が、いまだにトップにいる。安定している人がいるのはいいことだとも思うが、その反面、新陳代謝がないということをも意味している。

正直、もう男性向けの、変な言い方だけど「比喩としてのエロス」ってもうダメなんじゃないかと思いますよ。ダメっていうか、ビジネスとしては残ると思うが、それ以上のものはなくなるんじゃないかという気がする。

あれ、たいして面白くない結論になってしまった……。

ちなみに私が今年、注目していたのは、
谷桃子、中村静香、石井香織、浜崎慶美、八代みなせ、木口亜矢です。


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