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【雑記】・「すべてがめんどう」

作家とかミュージシャンの交友録ってありますよね。
で、あれ観てて、「そうか、この人とこの人は仲いいんだ」って、高校くらいのときは普通に微笑ましく思うだけだったけど、だんだんトシとってくるにしたがって、
「この人たちって、ケンカとかしないのかな?」
って考えるようになった。

・その1
で、ある程度のタテ社会だったらだいたい想像つくんですよ。あるいはサラリーマンの組織(要するに会社)とか。だれとだれがくっついて、だれとだれが離れるか以前に、そういう社会はコミュニティ維持に強い力が最初から働いている。
座標軸として、まず求心的な「コミュニティ」ってのものがあって、それをはずしたら回っていかない。自分自身がはじかれてしまう。だから、人間関係の「計算」もだいたい想像がつく。

わかんないのが、「人間は孤独、自由」ってことを表明している人たちのコミュニティ。あるいは、コミュニティ維持に力をさかなくていい、人と人との交錯。出会おうが別れようが、だれにも迷惑がかからない。そうなったときに、特定の人間がどのようなふるまいをするかが、自分にはわからないんですよね。

たとえば明確に知名度の差があったりする場合。かなり以前、あるミュージシャンがあんまり有名じゃない頃のDJと仲良くなって有名になってからも一緒に行動していて、雑誌のインタビューで「お二人の出会いはなんですか?」って質問があったときに、
「DJ側から一時期、毎日電話がかかってきた。最初は何か裏があるのかと思った(笑)」
ってミュージシャン側が言っていて、ずいぶん正直に言ったなと。

たぶん、ぜったい「毎日電話かけた」側には打算があったと思うんだよ。いや、もちろんそれだけじゃないだろうけど、名前で仕事してる人たちが、しかもほとんど同じ領域で。それが仲良くなろうと思ったら、そこには打算が働いてもしかたないんじゃないかと思う。

でも、そういうのって、表側からはほとんど見えないね。このインタビューは貴重だよ。この人たちは正直だなと思った。

・その2
「サラリーマン社会は理解しやすい」って書いたけど、業種や状況にもよると思うけど、私の経験からするとやはり似たようなことがサラリーマンにもある。
仕事の中心人物と、いわゆる「5時から男」的な(古い? もしかして知らない?)遊びの中心人物がいるとして、両者が重なってる場合が多い。多い気がする。まったくの昼行燈でそれなりの人望がある人もいるかもしれないけど。
ところが、この両者はついてくる人のコミュニティが微妙にズレていた。ここが面倒くさいところで、じゃあビジネスライクに遊び部分(つまり、かなり趣味趣向の部分)と関係なしに仕事できるかっていうと、要領のいい人はそれができる。でも、要領が悪いとそれができない。
しょうがないので、遊び部分につきあって気に入られようとか、関係をスムースにしようとか、そういう卑屈なことをしないといけない。
いやだれもそんなこと強制してないんだけど、とにかくいたたまれなくてノイローゼになってくるんですよ。
で、けっきょく自分はノイローゼになった。

・その3
途中で何書いてるかわかんなくなってきたけど、本当に何もかもめんどうくさくなってくるんだけど、それをやらないと今日から友達が一人もいなくなってしまうなあ、と思って。
なんかもう政治的に「これはほめよう」とか「これは言及しないでおこう」とか考えるのがとことん面倒くさい。
(私が政治的に何かをけなすということはない。それだけはしない。)

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