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【書籍】・「謎のマンガ家・酒井七馬伝─『新宝島』伝説の光と影」 中野 晴行(2007、筑摩書房)

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酒井七馬の伝記。
むちゃくちゃに面白い。
むちゃくちゃに面白いが、本書を面白いと感じられるかどうかは、
「酒井七馬」というマンガ家が、手塚治虫の出世作「新宝島」の共著者であること、
そしてその「新宝島」が、「絵が動いているように見える」ということでトキワ荘世代に多大なる影響を与えたこと、
さらに、現状では(少なくとも復刻版が出る前は)「本当に『新宝島』は画期的なのか?」という議論がある(あった?)こと、
などをふまえておく必要があるかもしれない。

あるいは、別の側面で、日本アニメの黎明期に興味がある人も読んで面白いと感じると思う。酒井七馬は、アニメーターでもあったからだ。

「新宝島」に話を戻すと、今年初めに「完全復刻版」[amazon]が刊行されるまで、読むことができなかったらしい。
「らしい」というのは、正直私が手塚マニアではないからで、よく知らないからである。
しかしこれはある意味問題で、日本マンガ史の、どうひっくり返しても重要作が、研究者でさえ読むことができなかったのには驚かされる。

とにかく、「新宝島」の名声は手塚ファンのみならず、次世代を担ったマンガ家たちが「マンガの面白さ」にショックを受けた作品として、マンガファンに広く伝説化されていたのである。

一方で、共同クレジットされていた「酒井七馬」の名は、マンガ史にもアニメ史にも疎い私はほとんど知ることがなかった。本書に出てくる「手塚と離れてからは売れず、最終的にコーラだけ飲む生活の中、餓死した」という「伝説」も、まあ聞いたことがあるかな、という程度だった。

本書は、その「謎のマンガ家」酒井七馬の生涯を、関係者への丹念な取材によってまとめ上げた労作である。
この調査研究によって、酒井七馬の「餓死伝説」がウソだったことのほか、手塚と酒井の不仲説、「新宝島は40万部以上売れた」という説もウソだったのではないかと考察していく。

「40万部売れた」という説を突き崩す検証はすばらしかった。私だったら、「古書店にこれほどまでに出てないということは、そこまでは行ってないのだろう」と思って終わってしまう。
実質4万部程度だったのではないか、というのが筆者の予想だが、それならば児童マンガの古書的価値がほとんどなかった時代であったことをかんがみれば、もともとの「新宝島」が稀覯本であることもうなずける。

酒井七馬の名がここまで埋もれてしまった理由について、本書ではさまざまな考察がなされているが、関西での出来事が関東にまでなかなか入ってこなかった、そういう情報断絶の要素が大きかったのではないかと、読んでいて感じた。
もうひとつは辰巳ヨシヒロの「劇画漂流」を読んでいても感じたことだが、戦後のマンガが広義のリアル志向、あるいはスタイリッシュになっていくという引き返せない流れがあり、酒井七馬はそのヘゲモニー争いに結果的に敗れてしまったのではないかということなどを思ったのだが、私も勉強不足なのでただ思っただけです。

くり返すが面白い本だった。オススメ。

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