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【オタク】・「オタクのかっこいいかっこ悪い問題」

よく、オタク同士で「あれは(オタクとして)カッコ悪い、カッコいい」という話になることについて。

結論から言えば、オタク自体がカッコ悪いことをみずから選んでやっているのに、何でその中でまた「カッコいい、カッコ悪い」っていう話になるのかなと思う。

もっとも、オタク的ライフスタイルをみずから選択する場合、その「カッコ悪さ」には二種類ある。

・世間では「カッコ悪い」と思われているが、自分自身ではカッコ悪いとも何とも思わない行動
・世間では「カッコ悪い」と思われていて、自分自身もそう思うが、「あえて」それを選択している、という行動

これに、さらにこじらせると、

・オタク内でも「カッコ悪い」と思われていて、自分自身でもそう思うが、「あえて」それを選択している、という行動

さらに周囲もこじらせてくると、

・ライト層も含めるとオタク内で「カッコ悪い」と思われているが、その「カッコ悪さ」の追及にこそ価値を感じる

というような事態になってくる。

さて、上記の上からふたつの行動を取るということが、まあだいたい第一世代から第三、第四世代くらいまで共通のメンタリティではないかと思う。

で、どちらにしろ覚悟してやっているんだから、このふたつの行動にはもうそれを選択した以上、カッコいいとか悪いとかの判断は不要なはずである。

しかし、オタク内での「カッコいい/カッコ悪い」というセンスの差、センスをめぐる議論は存在する。
それはなぜかというと、オタクの行動様式には「人生」そのものが包含されていないからだ。オタクの生活信条は、人生すべてを覆うものではないし、それでいい。

たいていの場合、「オタク内のカッコ悪さ」というのは、「対世間的なカッコ悪さ」のことだ。非常識だったり、自分たちだけのルールにコミュニティ外の人を従わせようとしたり。
で、「世間とつながっている」ことの重要性というのは、「人生」を認識しないかぎり出てこないはずである。

なんだか説教臭いことになっておかしいので言いなおすと、オタク内コミュニティに依拠しつつ、なんだかんだと他のオタクのセンスをあげつらうなら、その人自身がオタク内コミュニティから出て行けばいい、ということもいえるのであった。
その人がもっと美意識を磨けるコミュニティなんて、今じゃいくらでもあるんだからね。

最近はいないけど、たまにいたんだよ。コミケに出店してても「おれだけは違う」っていう顔をしていたヤツが。

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