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・「009ノ1」全4巻 石ノ森章太郎(1996、中公文庫)

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1967~1970年頃、漫画アクション連載。
21世紀の未来。東西両陣営はイースト・ブロックとウエスト・ブロックに分かれ、100年以上も冷戦を続けていた。
ウエスト・ブロックのスパイである009ノ1(ゼロゼロナインワン)ことミレーヌ・ホフマンが、卓越した能力とサイボーグ化された美しい肉体を使ってイースト・ブロックのスパイと戦う1話完結のセクシー・SFアクション。

2006年(もう3年も前か!)にアニメ化されているのでご存知の方も多かろうと思う、その原作。
私も本作連載時の60年代後半はリアルタイムではよく知らないので後付けの知識になるが、中公文庫版第1巻の、作者あとがきが当時の状況をよく表しているのではないかと思う。

・その1
石ノ森氏の巻末エッセイによると、「009ノ1」連載当時、青年コミックがあいついで産声を上げた時期だったと。「ビッグコミック」、「プレイコミック」、そして「漫画アクション」。
マンガブームは続き、さらなる読者開拓を「青年向けマンガ誌」の発行に求めたらしいが、それでも受容過多で、描き手がいない。そんな中、三誌全部を石ノ森氏が引き受けたというんだからまあスゴイ話である。

つまり、「009ノ1」が描かれた頃にはそもそも「青年向けマンガ」のお手本が存在しなかったというのである。それで苦労したという。

ウィキペディアで調べたら、同時期の漫画アクションにはモンキー・パンチの「ルパン三世」が連載されている。なるほど両者はよく似ている。1話完結で、必ずしも正義側ではない主人公のクールなアクションを描くという点が共通している。
ただし、短編で逆転に次ぐ逆転や意外なオチを出して勝負するモンキー・パンチと違い、009ノ1のプロットは基本的に「え? これで終わり?」というようなあっけないものや、トリックとも呼べないほど単純なネタも多い。

もともと、小粋なショートストーリーの得意なモンキー・パンチと資質が違うから仕方のないところで、現在「009ノ1」に観るべきところがあるとしたら、そのガチな未来社会のカッコよさにあるだろう。

・その2
そもそもが1960年代当時、21世紀に入っても東西陣営が冷戦を続けている、なんてのはブラック・ジョークとしてかなりオシャレなんである。しかも、それは社会風刺ありきの設定ではない。
石ノ森氏の、手塚治虫ともまた違ったカッコいい、洗練された未来描写があってこそ活きる設定である。

出てくる建築やら乗り物やらの元ネタは慎重に検討しないといけないとは思うが、それにしても石森にあって手塚にないもの……それは「スタイリッシュな感覚」とでもいったものだろう。
うーん、どうたとえればいいのかわからんが、石森の方が何となく「シュっとしてる」んである。

しかも、60年代後半と言えばまだガチで「SF的ガジェットに包まれた未来像」が信じられていた時代でもある。
そのような時代背景を味方につけた石森描くところの未来像は、徹底して(私から観て)オシャレ。

009ノ1のイヤリングから聞こえてくるメロディが暗号となり指令になっていたり、新型のなんでも破壊する爆弾の名前が「POP」だったり(オチもオシャレ)。

また前述のとおりプロットは正直いいかげんなものが多いのだが、それをイントロとアウトロの雰囲気だけで読ませようとしている。よく言われるように映画的な「間」を使用しているところが、「シュッとした感じ」を際立たせている理由のひとつだろう。
マンガにおける「間」というのは具体的に説明すればコマとコマの流れということになるが、石森マンガの場合、「映画的な構図の一枚絵」を効果的に使用しているということも一要素となる。

劇画家の多くが「映画みたいな作品を描きたい」と言っていたが、それはどうも「大人向けの絵柄とプロット」という意味で、「間の取り方」となるとそれを徹底して映画的にしようとしていた人が何人いたかはあやしい。

石森マンガは、それを実践しようとした、今となっては稀有な作品群なのである。

・その3
前述のとおりプロットに難ありと言わざるを得ないのだが、その中で、港で働く老人とその孫の少年のささやかな生活の中に冷戦スパイの思惑がからむ「港」(中公文庫版第3巻収録)は少女マンガ的なお膳立てに大人のシビアさがからむ石森節が味わえる。
また、番外編的な内容ではあれ、過去に自身が関わった人々や事件がミレーヌの夢の中で交錯する「昨日の暦」(同第3巻収録)も悪くない。

さらに、今となっては珍品なのは「イルカにサイボーグの手足を付けて人間のために利用しようとした」結果、手足のあるイルカたちが海底に国をつくって人類を侵略しようとする「ドルフィン・ワールド」(同第2巻収録)だろうな。
「イルカがせめてくる」って、今何のリアリティもないからなあ……。

何度も念を押しておくが、本作は雰囲気を楽しむ作品なので、「オチがない」とかいちいち言わないように。
「楽しい、あるいは暗い、または信憑性のある」未来を描くマンガ家は多かったが、「オシャレな未来」を描けたのは石森だけだったんだから。

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