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・「ギルガメッシュ」全6巻 石森章太郎(1977~78、少年画報社)

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少年キング連載。
少年・円竜也とその姉・紀代子はおじの研究所で、同じ顔、同じ身体を持つ男たち「ギルガメッシュ」に出会う。彼らはシュメール人(を統治していた宇宙人と人間との混血?)のミイラからつくりだされたクローン人間であった。
現代人の常識をまったく知らないギルガメッシュたちは、その卓越した能力で次々と新技術を開発、遊び半分で犯罪を繰り返す。
しかし、彼らには強大な敵がいた……。

・その1
「ギルガメシュ叙事詩」を元ネタにしたSF作品。
80年代には古書店でゴロゴロしていたのを記憶しているが、ギルガメッシュというキャラクターの性格が特異すぎて通して読んだことがなかった。

このギルガメッシュたち、性格は傲慢で人間たちを見下し、女をレイプしても何とも思わない。また全員クローンでどういうわけか記憶や人格を共有しているらしく、殺されていく仲間への憐憫の情もない。
なんでこんな、およそ少年マンガの主人公にふさわしくない性格にしたのかわからない。当時の石森がチャンレンジャーだったとしか言いようがない。

お話はこの後、ギルガメッシュの子孫とは違う星から来た宇宙人「円盤族(UFO族)、デビル族」という一団とギルガメッシュ、円竜也少年たちが戦いを繰り広げていくことになる。

が、この時期の石森章太郎にありがちないきあたりばったりの展開で、最後は唐突に終わってしまう。

今、読んで思うのは、現状の週刊マンガ誌の連載が長期化傾向にあることはだれしもが思うところだが、それは「いかに長く続かせるか」という方法論が、ガッチリできあがっているからだ、ということである。

前々から思っていたことだが、手塚、石森、永井豪、藤子不二雄などに「連載を長期化させる」というテクニックはない。
昔のマンガの展開の早さを割り引いても、やはり彼らは連載の長期化のスキルは持っていない。

手塚、石森の長期連載作品は、中短編の積み重ねであることが多い。永井豪は連載の長期化傾向の中で、「手天童子」や「凄ノ王」といった作品を描いてはいるが、もっともページ数が多い「バイオレンス・ジャック」は、中編の積み重ねである。

連載長期化のテクニックを磨いたのは、最初は梶原一騎、小池一夫といった原作者陣だった(と思う)。また、それとは別個に長期連載化を進めたのは今思いつきで書くと望月三起也、水島新司、矢口高雄あたりだと思う。
共通点は、「時間を長引かせて描く」ことができるスポーツものやアクションものを手がけている作家たちだということだ。

逆に言えば、スポーツものは「引き伸ばしてこそ面白さが増す」ジャンルだと言えるかもしれないが、それはまた別の話。

・その2
本作について話を戻す。
本作は「ギルガメシュ叙事詩」を元にしているが、それの解釈は完全にデニケンの「宇宙考古学」である(確か作品中にデニケンの名前がある)。
「人間の歴史の背後には、人間にとっていい宇宙人と悪い宇宙人との戦いがある」というのが本作の基本設定だが、これは陰謀論ギリギリのところまで行き着く。私が他の作品も読んだかぎりでは、石森はそこからくだらんユダヤ陰謀論などには行き着かなかった。

話がまた作品そのものからズレるが、白人優位思想であったろうデニケンの宇宙考古学(いや白人の上位に「宇宙人」がいるとしたら、「屈折した白人優位主義」なのかな)を、もうちょっと普遍性を持たせて「しまった」のが日本のSFマンガ家たちであると言えるかもしれない。

それほどまでに、ある時期までの日本エンターテインメントにおける宇宙考古学の刷り込みはすごかったのである。今でも残ってるし。

さて、本作では安易な秘密結社陰謀論にはならないにせよ、「政財界の黒幕が宇宙人(闇の組織)と手を組んでいる」ということになっている。
これは「サイボーグ009」とか「スカルマン」とか「仮面ライダー」とかにほぼ共通する考え方である。
が、石森はそこで特定の「何か」、「だれか」が敵なのではなく、最終的には「人間の悪意」とか「異次元の生物」とかいった抽象的な「敵」に行き着く(「009」の「神々との戦い」もそのバリエーショである)。

けっきょく「みえない敵」との永遠の戦いということになり、それは自分との戦いということでもある。
最終的に「コイツを倒せば終わり」というのがないため、たいていの作品は主人公が永遠に戦うことになる。

この「強大な敵に立ち向かっていく明朗なワクワク感」が石森マンガでは大きな魅力になっており、人間同士のドラマを重視する手塚や人間の獣性の解放をテーマのひとつとしてきた永井豪とは違う点だと思う。

ちなみに、石森がほぼ半生、ネタにし続けた宇宙考古学に関して手塚治虫はある時点からかなり冷淡だったようである(出典忘却)。

なお、トキワ荘世代の長編マンガのヘタさに関しては一考の余地があるように思う。彼らが映画青年だったこととも関係しているかもしれない。

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