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【評論とは】・「ドッチラケ批評とは」

「他人が楽しもうと思っている心理に水をぶっかけてだいなしにする批評」
を、私は「ドッチラケ批評」と命名した。

現在、松本人志の映画「しんぼる」が公開され始めたが、前回の「大日本人」のときもそうだったが、この映画に対し「ドッチラケ批評」がネット上を横行しそうなので注意が必要だ。

まずいちばん疑問なのが、松本の映画的教養のなさ(あるいは、サブカルチャー的教養のなさ)をあげつらうだけで果たして批評の意味があるのか? ということだ。
むろん、似たような過去のテーマや手法をさも新しいことのようにやってしまうことを防ぐためにも、創作する場合に教養はないよりはあった方がいい。
しかし、そのことがいい創作をする絶対条件ではないだろう。

第二には、松本人志に対するルサンチマンにもとづく批評である。
松本自身が、かつて非常にビッグマウスだったこともあって、その反動が現在返って来ているのだろうが、それにしても松本がアウェーで勝負している「映画」というジャンルにやっかみ半分の評をくだすことは、私から観たら少々みっともない。

第三に、「映画界でキャリアを積んでないヤツがホンペンを撮りやがって」というルサンチマンにもとづく批評である。
まあ心情的には理解できるが、こういうことを書く人にかぎってテレビのお笑い界のことはぜんぜん知らない人だったりして(すべてとは言わんが)、うんざりさせられる。
お願いだから、少なくとも「ヴィジュアルバム」だけは観ておいてくれよ。そうじゃなきゃ話にならないでしょう。

松本映画に対する批評を読むと(松本信者の、誉めることだけが目的の論評は問題外として)かなりの高確率で不愉快な気持ちになるのは、多くの場合「今の日本人にとって教養とは何か」という問題が、意図的にか無意識的にかスルーされている点にある。

多くの映画マニアにとっては、年間200本以上の映画を観ることはまったく当然だが、テレビのお笑い番組を観まくることはバカバカしくてやっていられないことであり、松本が「お笑い」というジャンルで何をどう変えてきたかに関しては知らなくてもいいらしい。

とにかく「批評を読むだけで不愉快」という、これはある意味新ジャンルだな。

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