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【ポエム】・「ひょっとこ師たち」

バイトをすることになった。

バイトの内容は、ベルトコンベアに乗せられて流れていくひょっとこの、
お面の眉毛を次々と書いていく、というもの。

ちなみに、ひょっとこのお面にとって最も重要な「とんがった口」は、その道のプロが接着する。
こういう人は仕事場に2、3人いて、バイトと違って非常にプライドが高い。

バイトは午前9時に集合というのが決まりで、1分でも遅刻したら時給を減らされる。
ところが、ひょっとこのとんがった口を接着する人たちは、午前11時頃、のんびりと出社してくる。

手には、スターバックスのコーヒーか何か持っちゃって。

バイトはテキパキしないとすぐ怒られるが、ひょっとこのとんがった口を接着する人たちは、
午前11時頃に出社してからも、さらに30分くらい、タバコを吸う休憩所みたいなところでダラダラし、
午前11時半を過ぎたところで、
「そろそろやるかあ」
などと言いながらそれぞれが配置に付く。

それまで、午前9時からバイトが眉毛を書いておいたひょっとこのお面が山積みになっている。
それを、「ひょっとこのとんがった口を接着する人」たちが手に取り、
次々ととんがった口を接着していく。

その手際は目をみはるようで……なんてことにでもなればバイトの連中も黙っているのだが、
どう観ても「おれでもできんじゃねえの?」程度の手際なのが恐ろしいところだ。

中には接着したひょっとこの口がズレちゃっているものがある。

検品をするのはまた別の係の人の役目で、
それはウチの工場では一名。
やせぎすで頭の禿げ上がったおじさん(正社員)がやっている。

が、どういうわけか「ひょっとこのとんがった口を接着する人」たちに、この人はかなり遠慮がちで、
バイトの我々にはかなり率直に物申してくる。

「どうしてそんなに『ひょっとこのとんがった口を接着する人たち』は、優遇されているのか?」

疑問に思って、仕事帰りに資料室に寄り(そういうところがあるのである)、
「日本ひょっとこ史」
という本を読んでみた。

「日本ひょっとこ史」によると、
ひょっとこのお面の製作を各部位によって分担することにしたのは、
明治時代に入ってから。

西洋から帰国したひょっとこ師(ひょっとこのお面をつくる職人)が、その方式を取り入れたのだという。

彼が近代ひょっとこの父・タコヤキ三太郎である。
(ちなみに、タコヤキ三太郎はたこ焼きの歴史にはまったく関係がない。大学のゼミの試験でここを間違えると確実に単位は取れない。)

ここからがややこしい。
タコヤキ三太郎の娘婿である、セクシュアリティ二郎は、日本ひょっとこをますます発展させるため「日本ひょっとこ学院」を設立。
タコヤキ三太郎はこのことをよく思っておらず、ひょっとこ師の育成はあくまでも従来の徒弟制度によるものであるべきとした。

このため、「分担制度を導入したにもかかわらず、学校の設立と徒弟制度が両立する」というおかしな状態になり、「日本ひょっとこ学院」では「ひょっとこのとがった口の部分」だけの修得が許され、他の部位はまったく別の育成システムにより修得されるという、ねじれ現象が起こってしまったのである。

「ひょっとこのとがった口の部分を接着する人々」のプライドが高いのは、「日本ひょっとこ学院」を卒業しているという誇りと、その反面、「ひょっとこ製作のすべてには関われない」というコンプレックスから来たものであるようだ。

とまあ、そんなことを知っても仕事に変わりがあるわけでなし、私はバイト仲間とはつるんだが、プライドの高い「ひょっとこの口の部分を接着する係」の連中とはあまり関わりを持たなかった。

ある日、「ひょっとこの口の部分を接着する係」の一人が機嫌が悪く、すごい勢いで怒鳴られたことをきっかけに、ますます私は彼らとは疎遠になっていった。

そんなこんなで三ヶ月。

ある日、スーツ姿の男たちが数人、「視察」にやってきた。
いつもは午前11時半頃、のんびりと出社してくる「ひょっとこの口の部分を接着する係」の者たちも、この日は午前9時に出てきていた。

スーツ姿の男たちは、「ひょっとこの口の部分を接着する係」よりももっとプライドが高そうだった。

彼らこそ、「ひょっとこの口の部分を接着する係」よりも位の高い、「ひょっとこの口の部分そのものを製作する係」だったのである。

「ひょっとこの口の部分そのものを製作する係」になるのは非常にむずかしい。「ひょっとこの口の部分を接着する係」を10年以上勤めた後、何回も厳しい試験をパスしてやっとなれる職業なのだ。

この日ばかりは、「ひょっとこの口の部分を接着する係」の連中も頭が上がらないと見えて、神妙な顔で「ひょっとこの口の部分そのものを製作する係」の男たちのアドバイスを聞いている。

なんでも、「ひょっとこの口の部分そのものを製作する係」から嫌われてしまうと、生涯「ひょっとこの口の部分そのものを製作する係」になることはできないそうだ。
「ひょっとこの口の部分を接着する係」の一人、三十代半ばのS氏は、何かのきっかけで嫌われたため、もう「ひょっとこの口の部分そのものを製作する係」にはなれないのだそうだ。

彼だけが、プライドの高い「ひょっとこの口の部分を接着する係」の中でも妙に気さくで、休憩室でもバイトに話しかけたりしていたのはそれが理由らしい。

私も、彼から「子供がまだ小さい」とか「あと何年したら一軒屋を借りられる」とか、話を聞いたことがある。
彼がどうして「ひょっとこの口の部分そのものを製作する係」から嫌われたのかよくはわからないが、他のバイト連中の話によると、ひょっとこのお面の口の部分の角度に関して、かなり斬新な問題提議をしたかららしい。

このため、嫌われてしまい出世の道は閉ざされてしまったが、しっかりと「ひょっとこの口の角度」に関しては検討されたそうだから、この業界が抜け目がないということなのか、それとも技術に関しては健全というべきなのか。

そんなこんなで、さらに半年が経過した。

私は、けっきょくこのバイトをやめてしまったのだが、それは半年経って、ある光景を目にしてしまったからなのだ。

何かの拍子に、完成したひょっとこのお面を出荷するためのトラックに同乗したときのことである。
イレギュラーな手伝いでバイト代は良かったが、あれ以来、別にひょっとこのお面に興味のない私でさえ、やる気をなくしてしまったのだ。

出荷先にトラックを止めると、そこはだだっぴろいゴミ集積場のようなところで、昔の竹の子族みたいな派手なかっこうをして、顔に蛍光色のペンキみたいなものを塗りたくった若い男女が何百人も踊り狂っていた。

音楽のジャンルはよくわからないが、とにかくすごい音量だった。

彼らはトラックの荷台から次々にひょっとこのお面を手に取ると、地面に叩きつけて割り始めたのである。

「ひょっとこお面叩き割り祭り」……これが、現在のひょっとこ産業を支える最大のイベントだったのだ。

彼らはどんなふうにひょっとこの口が接着されているかなど観もしないし、ましてやひょっとこの口の角度など気にしてもいない。

ただ、ひたすらにひょっとこのお面を割り続けるのだった。

私は、工場でのいろんな人のことが頭に浮かんだが、何も言えなかったし、何を言う資格もないし、後で工場の資料室に帰ったら、このあたりのことは、

「ひょっとこお面叩き割り祭り問題を考える」

というテーマで、何冊も著作が出ていることを知った。
NHK特番の録画ビデオまで、資料室には置いてあった。

みんな、何もかも知っていて、自分の立場で仕事をしているのだった。

まあ、それでもどっちみち、私はこのバイトをやめた。

明日から、私は「おかめのお面製造工場」で働くことになる。
(了)

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