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・「PLUTO(プルートウ)」(6)~(8)(完結) 手塚治虫、浦沢直樹(2008~2009、小学館)

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今頃読了。
結論から言えば、けっこう面白かったし、懸念していた「伏線の回収に失敗しつつ長期化してグダグダになる」という難も逃れたようで、まずはめでたい。

ただ内容としては、一読した感想としては「ものすごい、いわゆるシャミン的だな」といった印象。
私の考える「シャミン的」というのは、ニヒリズムと残酷性を追究せず、ある段階で引き返してどこか手堅くまとめてしまうような感じのこと。

しかし、じゃあ手塚オマージュとしてはどうかというと、よくできてはいるのだ。そうでありつつも、手塚マンガに「シャミン」のにおいはしない。

そのあたりのことについては、まあ数式を解くようなものでありつつも、その時間がない。が、ひとつ言えるのは、手塚の骨太なドラマを、浦沢&長崎が「戦争を知らない子供たち」的感性で読み替えるとこうなるだろうな、ということだ。
手塚の残酷性については、おそらく浦沢&長崎は自覚的でありつつ、やや劇画タッチで、イマドキ風に仕上げるとこうなってしまうのだと思う。

手塚マンガの場合、どこかに投げっぱなし感があって、それがかえって神話としてのリアリティを持ちえたりするのだが、その点、浦沢の手にかかるとキッチリしすぎてしまうのかもしれない。

しかし、それにしても、私の大嫌いな「セカイ系」の物語に比べればはるかにマシだ。私の考える「セカイ系」とは、アメリカンニューシネマ的挫折すら受け止められない者が、自閉するほどの覚悟もなく、勉強する気概もなく、「世界について考えたい」ぶりっ子したいという醜悪さしか見えてこない物語構造のことだ。

少なくとも、本作はそういうのよりは世界についてまともに考えている。長さも手ごろだし、読むのが早い人はマンガ喫茶であっという間に読んでしまうだろう。そういう意味では「マンガ」を知るうえでの定番になりえていると思う。

ただ、繰り返しになるがどこかにまるめこまれているんじゃないか、という印象も残す。

まあいいか、本作がなんかのきっかけになればいいんだから。

なお、5巻あたりまで「解説いらない」と書いたが、6巻の山田五郎の「手塚マンガの残酷性の指摘」と、8巻の長崎尚志の、まさに製作者サイドの解説は、読解に役に立つはず。とくに長崎尚志は、作品で語られるべきテーマをすべて語ってしまいそうになるギリギリである。

5巻の感想

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