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【雑記】・「アイドル写真集にとって『リアリティ』とは何か!?」

オトコなら買わずにどうする! オンナも感じる"ベストエロ"写真集(前編)

オトコなら買わずにどうする! オンナも感じる"ベストエロ"写真集(後編)

みずからがアイドルヲタであると公言するグラドル・仲村みうのアイドル写真集談義。
前編より:

仲 アート要素が強すぎるもの。コンセプトをかっちり決めて、モデルのキャラクターも作り込みまくって、男性目線で見ても"ヌキ"の要素が一切なくアートをごり押ししていると......萎えちゃいますね。

なんだかネットウロウロしていたらどっかの掲示板にこの前後が貼り付けられていて、「仲村みう、面白いこと言うなー」と思ったら、一般人のコメントの多くは、

「アンタの写真集こそ、アート要素が強すぎるだろ!!」

というものであった(笑)。

もうひとつ、「アイドルの写真集にはギャップが必要」という彼女のコメントに対し、
「グラビアアイドルであるアンタが『ヌキ』とか言ったら、それこそ清純→エロのギャップがなくなるだろう」という批判のコメントもあった。

まあ、アイドル写真集のアート性という問題に関しては、「観る側」と被写体との越えがたい断絶があって、これはもう仕方がないというのが私の見解である。

それよりも気になるのは、みう嬢のオススメグラビア写真集において、「月刊」シリーズが二誌も入っていること。
これにはちょっと驚いた。というのは「それこそ『月刊』ってアート寄りじゃないの!?」と私は思っていたから。

みう嬢は、アイドル写真集に必要なこととして、

その1「ギャップ」

その2 「妄想力」

その3 「リアリティ」

という三点をあげている。それは決して的外れな意見ではなく、むしろ正しいのだが、

よくよく考えたら、エロにおける「ギャップ」ということと「リアリティ」というのは、矛盾する気がする。
たとえば「リアルだけどエロくない瞬間」というのが、当然だが男にも女にもあるわけで、
そこから切り取られる「リアルでエロい瞬間」というのは、やはり「撮る側」、「観る側」によってコントロールされているのではないか、という疑念がわいてくるのである。

おそらく、自身が「撮られる側」である仲村みう嬢には、

「自分が受け入れてほしいタイプの、自分自身のギャップとリアリティ」

というものが内面に存在している。

まあ、グラビアイドルが「仮面夫婦」という意味での「仮面」を強いられることの多い職業であることを割り引いても、彼女が「ほんとうの自分」を自覚し、それを察知してもらいたいと感じているであろうことは、ブログを読んでもわかったりするのである。

「ほんとうの自分とは独立して存在するものではなく、自己の内面とTPOによって結ばれる関係性において、その瞬間瞬間に浮かび上がる結節点である」と、たいていのオトナはわかっているわけだが、それを十代の彼女自身に言えるかというと、それはあまりに酷な話ではあろう。

そしてまた、酷な話ではあるが、現実でもある。

この意味がわかりますか!?

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