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【映画】・「口裂け女0 ~ビギニング~」

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監督・脚本:児玉和士

幼い頃に両親を亡くした姉妹、姉の弥生と妹の美里。美里の顔には幼い頃の火傷の後があり、精神を病んでいたが顔の手術は成功。しかし、美里は自分の手術の成功を信じようとはせず、火傷の原因となった姉をなじるのであった。

山奥で二人は白骨死体を発見、それは老心理学者の妻・サチコのものであった。
で、なんだかんだあってある夫婦が殺害される事件が起きる。弥生は美里がやったのではないか? と疑惑を抱く。はずである、確か(くわしいことは忘れた)。

過去の「口裂け女」シリーズと関係あるのかないのかわからんが、とにかく現時点でコレがいちばんひどいと思った。
しかし、他のブログで書かれているようにまったくどうしようもない、ということでもない。
まずは「いいところ」から書く(若干ネタバレあり)。

物語を「姉妹間の葛藤」にしたことと、「口裂け女をつくり出したのは『人間』。口裂け女が噂になったのではなく、噂が口裂け女をつくった」という発想は悪くない。

ただし、「姉妹間の葛藤が、白骨死体の発見により顕在化する」というふうにするのならば、物語冒頭から姉妹間に不穏な雰囲気を出すのではなく、むしろ表面だけは取り繕った仲のいい姉妹、とした方がずっとわかりやすかった。
口裂け女の造形は過去二作と比べてもっともテキトーに感じたが、本作の主旨は「口裂け女」の恐怖そのものよりも「だれが口裂け女なのか? 口裂け女とは何か?」だと思うので、まあそれはいいとする。

以下はダメだと思った点。
前述のとおり、姉妹間の葛藤を描きたいのならばもう少しメリハリをつけた方がよかった。これでは単に二人ともイヤなやつであり、感情移入もしにくい。
こういうことを書くのは本当にイヤだが、主演格の女の子二人の演技はうまくない。

演出も、異様にタルい。正直、途中で寝てしまった。最初の20分くらいで「いったいこの作品では何が主題なのか?」がハッキリしないのは痛い。
「妹は口裂け女の霊に憑依されているのでは?」という姉の疑惑は、もっと明確に打ち出した方がいいように感じたし、そのためには都市伝説としての「口裂け女」そのものの説明が必要だが、そこもぞんざいであった。

「口裂け女」を結果的につくり出してしまった、というところも、もう少し描き込みがほしかった。逆に「よくわからないところが恐い」というふうにするにしては、老心理学者とその妻の掘り下げがはなはだ中途半端だった。

むしろ、「口裂け女の怨霊と関わったことによって姉妹間のわだかまりが洗い出され、絆が深まった」ということにした方が物語として座りがいいと思うのだが、そういうハッピーエンドのつけ方はむしろ違和感があるのだろうか? 殺伐とした結末の方が「今」なのだろうか? と思ったが、まあ私の深読みなんでしょうね。

以下は余談。
たまたまホラー映画をまとめて観たことで、ホラー映画のレビューを書いているブログを参考にさせてもらった。
参考にさせておいてもらってナンだが、あまりにも感覚に流されて書いているところが多い。ホラー映画の感想を書くにあたって、適当に自分の心情を流して書くのは危険だと思った。

ホラーとは「恐がらせる」のが主旨のジャンルだが、そこには「恐くて快」、「恐くて不快」、「恐くなくて快」、「恐くなくて不快」という四つの感情が、おおまかにいって観客には生じる。

この「快/不快」の基準は、ホラーにおいては通常の映画と少し異なっていて、「人が死ぬから不快」というふうな、単純なことにはならないわけである。

「人が死ぬが快」ということも、当然あり得るわけだ。

そこは、自分の中に去来する感情を見つめてからでないと、本当に単なる「感想」で終わってしまう危険性がある。
快/不快は、個人の感覚に左右されるところが多いから、「ここは自分は不快だけど、他人にとっては快だろう」とか、いちおう想像してから感想を書かないと、少なくとも他人の参考にはならないと思った。

少々筆をすべらせてしまえば、Jホラーのネット上の感想の一部(もちろん、きちんとしたところもある)は、いまだに自分の好き嫌いと、映画の良し悪しを混同しているところがある、ということだ。

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