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【訃報】・「平岡正明氏」

評論家の平岡正明氏死去

平岡正明氏が亡くなってしまった。
昨年の1月か2月、阿佐ヶ谷ロフトのイベントを観に行ったときがこの人のトークを生で聞いた最初で最後になってしまった。

私は平岡正明氏の大ファンというわけではなかったが、やはり気になる人だった。

私にとって、彼は簡単に言えば「勧善懲悪の人」。
むろん、「永久革命」という彼にとっての「正義」に基づいて物事を判断しているという意味。

大衆や周辺的な人が正義で、彼らが中央的なものにとって代わる幻想を抱き続けてきた人である。

だから、この人は論点としては何を論じても同じなんだろうと思う。
私が読んだのは山田風太郎論と、あと水滸伝、清水次郎長、中森明菜についての文章くらいだけど(有名な「山口百恵は菩薩である」は読んでない)。

で、「同じだからどうでもいい」と、私と同世代、あるいは年齢的に下の人たちは思っていたと思う。というか、私と同世代か年齢的に下の人たちで「平岡正明を読んでいる」人を観たことがない。
それには理由がある。80年代後半は、「なんでもかんでも大衆万歳でいいものか」という論調にグッと傾いていたときで、ぶっちゃければ「別冊宝島」系の論壇ではそういう雰囲気が形成されていた。

別冊宝島系論壇と基本的な思想を同じくしていた呉智英も、自分の文章を「いかに平岡正明的ではないふうにするか」と考えていたフシがある。そういえば平岡シンパの評論家を書籍でボコボコにしたのが呉智英の批評家としての出発点だったんじゃ?

そんなこんなで、90年代にはすっかり忘れ去られてしまった感のある人だったが、私としては有名なジャズ評とか山口百恵よりも、

山田風太郎、団鬼六、極真空手

というものに言及していたことが大きい。

これらはどれも、簡単に言えば「頭でっかちなところから肉体性、身体性の回復へ」という問題提議を含んでいて、しかもそこへの注目自体は、いまだに有効なはずなんですよ。

たとえば、90年代の60年代~70年代劇画復権論などは、平岡正明とまったく同じものを観ていたと言っていいと思うんですが、直接の関連は認められないんですよね、コレが。
90年代半ば以降の「映画秘宝」(「ボンクラ映画」という観点)も、平岡正明と似て、微妙に非なるところを走っていった気がしますしね。
(映画秘宝については詳細はわかりませんが。「座頭市」がらみでインタビューくらいはしていたかもしれません。)

平岡正明の論点が「永久革命」だったから、引き継ぐ人があんまりいなかったんじゃないかと思うわけですが。

平岡正明と注目する部分は似ていても、彼が「永久革命」の担い手とするのが「大衆」だったのに対し、
90年代のオタク/サブカルチャーは、センスエリートによる一種の「哲人政治」を志向していたということなんですけれどもね。

だからそこには「オタク」という、エリート、あるいはインテリと「大衆」とをつなぐクッション的な役割が仮構されていたわけで、いくら平岡正明氏と観点が似ていても、それは交錯しようがなかった。

平岡正明氏の文章にはオタクにありがちな「対象物への斜に構えた感じ」がなかった。むちゃくちゃ大雑把に言って「オタク」とは「担うべき哲人政治が担えないルサンチマン」を抱えているものだったから。「大衆」にその辺のことをまるごと仮託しちゃってる平岡氏には、その辺の屈託は、無い。

それが「甘すぎる」と思う人もいただろうけれども、私は読むときに面倒がなくていい感じがしていた。

ついでに書いておくと、「オタク」が抱いたルサンチマンを、「アンチオタク」も「ポストオタク」も、実はまるごと共有している。

だって、だれもがみんな、為政者にはなれないからだ。
「センスエリートの哲人政治」を夢見るものは、永遠にひねくれ続ける意外にない。
オバマ大統領にでもならないかぎりは。

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