【マンガ雑誌】・「パチスロパニック7」8月号(2009、白夜書房)
三号変則集中連載で、原作:鶴岡法斎、作画:張慶二郎「アルケミーの羊」の第二回が掲載。
書けなくなった小説家・成田優一は、不意に襲われる目まい、眠気、脱力感、幻覚に苦しめられている。それが「書けない」ことからくるのか、何かハッキリした病気なのかはこの第二回の段階ではわからない。
しかし、その発作が出たときには不思議とゆがんだ光景の中から「自分が必要とする物」だけが観え、パチスロで勝つことができる。
やがて、優一はスロ中に打てなくなるほどの強い発作に襲われてしまう……。
第一話の展開を引き継いだかたちで、三話で完結する話なので結末を予想して感想を書くことがなかなかむずかしい。
が、思いきって書いてみると、徹底的に個人的で、他人が成り代わることのできない孤独な悩み(小説が書けない、持病があるなど)に関して、他人とのちょっとした関わりとか、偶然とか、そういったものが救いをもたらす場合があるかもしれない、ということなのかなと。
もともと原作の鶴岡さんは、「ヤマアラシ」、その続編の「ヤマアラシ CROSS OVER」を読むかぎり、人と人とのちょっとした触れあいが孤独な人間に光を与える、状況にささやかな奇跡を起こしていく、という話が得意であるように感じている。
「友情」とか「恋愛」というのは、とくに青年期を経てトシをとってくると、物語において非常にベタなものに成り下がってしまうものだが(ベタなりの切実さを受け手が要求しているとしても)、鶴岡さんの原作は、たとえば何かに属しているという連帯感でもなく、傷のなめあいでもない、静かで、それでいて強い絆を志向しているように感じる。
それと、この第二話目から読んでも基本的に違和感がないのがいいと思った。パチスロ誌という性質上、たとえば自分の知りたい機種が載っているからその号だけ買おう、という人もたぶんいるだろう。
そうなると細かい伏線を張ったり、その号だけではお話がわからなかったりしたらまずいわけで、なおかつ、長期連載になった場合も読者側に、蓄積された長い物語を了解済みのものとして続けるのは困難だろう。
パチスロマンガには「実際に打ってみてのレポート」といった実録モノや、1話完結のギャグ、コメディ調のものが少なくないのもその辺が理由だろうと思う。
だが、たぶん本作は長期連載化しても、続けて読んだら読んだで面白いし、途中からでもすんなり入れる物語になるだろう。
そういう長期連載の才能は読みきりを書くのとはまた別の才能で、バランス感覚がないとむずかしいと思うが鶴岡さんにはそういう能力が備わっていますからね。それは過去の作品で実証済みのことでもあるし。
続きが楽しみ。
最終話は、7月25日発売の「別冊パニック7」に掲載。
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