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・「OH!MYコンブ」全12巻 かみやたかひろ、企画・監修:秋元康(1991~1994、講談社)

Ohmykonbu01
コミックボンボン、デラックスボンボン連載。駄菓子やアリモノの素材を組み合わせてつくるアイディア料理「リトルグルメ」の名人、なべやきコンブが、ガールフレンドのメンメンや親友のパイ助などとともにいろいろやるグルメギャグマンガ。

実はリアルタイムでまったく読んだことがなかった。91年といったら、私はとっくにイイ大人になっていたので当たり前と言えば当たり前なのだが、何より「秋元康」ってところに食わず嫌いしていたのだった。そういうところはコドモだったね。

・その1
本作が思い出として語られるときは、たいてい「リトルグルメは実際には美味しくない」、「子供の頃、やってみたけどダマされた」などの話がよく出てくるが、マンガとしてはとてもよくできている。

単行本1冊単位で、ドタバタギャグ、料理対決、家族愛、泣ける話、番外編的な話、ファンタジーバトル的料理対決と趣向を分けているのだ。
デラックスボンボンに連載していたぶんはそれなりに完結させないといけないなどの、連載時の事情もあったのだろうが単行本化してからの読みやすさはすばらしい。

コンブとメンメンが結婚してからの未来の話や、親友のパイ助が冒険家になっているなど、登場人物の「未来」までを射程にすえた設定は言うまでもなく「ドラえもん」と「ドラゴンボール」の影響下にある(とくに「ドラゴンボール」)。
「ぺろりん村」という架空の村を舞台として、村人に人間ばなれした(顔がおむすびになっているとか)連中が多いのは「Dr.スランプ」の影響でもある。

しかしねェ。完全なるパチモンかというと、どこかあなどれないんだな。

たとえば、「将来の夢のために努力する」というテーマで、友人の少女・マロンのお兄さんが科学者になるために受験勉強をする一方で、コンブのライバル・クッキーが料理人として徒弟制度の中で修行していたりと、子供の「将来なりたいものになるためにはどうすればいいか」にマジに答えているようにも見えるし。

本格的な料理の修行をしているクッキーと、「リトルグルメ」のコンブが対等に戦っているのはご愛嬌としても。

いやその「リトルグルメ」にしても、高級フランス料理店と対決するんですよ。リトルグルメでフランス料理に挑むんだよ!? そのときに、「みんながつくって食べて楽しい料理」というふうに、かなり明確なテーマを打ち出してきてるんだよね。

けっきょくスポーツ以外の対決ものって、すべて「物事の大衆化とは何か?」がテーマになっていなければならないということを、よくわかってるんですよ。
深読みすれば、本作自体がマンガというものの「駄菓子(おおざっぱに言えばそれはけっきょく「リトルグルメ」)テイスト」を体現しているとも言えるしね。

あと、懐かしいのがコンブの親友・パイ助のキャラクターね。
顔がパイナップルで、明るくてお調子ものでスケベで、おいしいところはぜんぶコンブに持って行かれる。でも自由を愛して友達思いで、将来は冒険家になった。

こういう、さわやかなバイプレーヤーをはつらつと描けなければ、少年マンガや児童マンガを描いている意味、ないからね。本当にパイ助はいいやつだよ。それが伝わってくる。

本作はブックオフでもけっこう手に入るらしいんだが、できればそろえて最初から読みたいね。きちんと、それだけの手がかかっている作品だから。編集者が有能だった、ってこともあるのかもしれない。

・その2
以下は余談。本作の連載が終了した翌年、95年以降。日本は地下鉄サリン事件と阪神大震災を経験し、「エヴァ」を代表とする「主人公がウジウジ悩んで自分探しをする」作品が格段に増えることになる。

もはや、「OH!MYコンブ的」おおらかさは無かったかのように。

少なくとも、「コンブ」にときたま登場するような「巨悪」は、マンガ・アニメにおいて存在しにくくなった。

ここで言いたいのはその先の話だ。

「トラウマを抱えた主人公がウジウジしたあげく、自分探しをし始めてでもけっきょく結論が出なかったりする物語」は、私もあまり好きではない。
だが、今はそのさらに先に、仮想敵(?)は行っていると思う。

すなわち、「せっぱつまった状況を非情にサヴァイブしていくことこそが、もっとも重要」ということ「のみ」をテーマにする作品が、増えつつある気がするのだ。
それらは、トラウマは無駄だとそぎ落とすしウジウジもしないし自分探しもしない。むしろ、ウジウジしたり自分探しだとか、余計なことを考えているヤツから先に殺されていく。

エンターテインメントって、泥の中をはいまわるような生活の中でのうるおいだったはずなのに、「泥の中をはいまわることこそが人生だ」と言って終わってしまっているような作品が目立つ。
そういうものが増える、それなりの理由はあるがなァに、理由なんてものはどんなものにもある。

そんなのは「雨が降ったら天気が悪い」と言っているのと同じことなのだ。

「非情になれ」と煽った人間が、私生活のどこにうるおいを求めているかを観てみるがいい。そいつにはいるぞ、きっと恋人が、友人が、家族が。そいつにはあるぞ、まとまった収入源が、根拠のある自信が、プライドが。

シビアにならなければ生き残れないのは、実は豊かだった頃も構造としては同じだったことを思い出してみるといい。
やっぱり靴下にはワンポイントが欲しいし、料理にパセリがついてれば彩りになる。「けっきょく、パセリを取ったのが料理ですよね」とか言うやつがいたら、それは物事を無味乾燥にするために叫んで回っているようなものである。

「コンブ」とぜんぜん関係ない話になったが、書いていてニヤリとした。わかる人にはわかるだろうから。

やっぱりパイ助は偉大だよ。

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