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【雑記】・「マンガオタクとは何か?(エロゲー出現まで)その2」

このエントリの続き

だんだんさかのぼっていくかたちで追っていきます。

なんで90年代初頭の「エロゲー出現まで」を区切りとしているかというと、
それまでは「オタク的絵柄」って一枚岩だったと思うんですよ。

いわゆる「アニメ絵」というヤツですね。
作家名をあげるとするなら、いのまたむつみ、平野俊弘、土器手司とかその他モロモロのアニメーターの影響を受けた絵柄です。
マンガ家で言えば、まつもと泉、萩原一至ラインがいちばんわかりやすいかな。
古い話で恐縮ですが「バスタード!」では呪文の中で「イーノ・マータ」という神に祈りを捧げてますね(いのまたむつみ)。

士郎正宗も後続の世代への影響が大きいですね。実はよく知らないので急遽調べましたが、大阪芸大のマンガサークル出身で、一緒にやってきた人からはアニメーターも出ていた。

とにかく、そういう母体から出てきた人たちの絵柄のことです。

・その1
むろん、まつもと~萩原ラインっていうのは、アンダーグラウンドな美少女マンガからの影響が強い……というよりも萩原一至は、たぶん同人活動していた仲間はアングラな美少女コミック誌に行った人が多かったんじゃないですかね。
彼のジャンプ起用自体が、事件でしたもん。

できるかぎり「アニメ絵」とは何かを文章で説明してみると、
まず特徴的なのは肌影をスクリーントーンで付けたり、画面全体をスクリーントーンによって整えたりしていたということ。
実は「まったくトーンを使わない状態でのアニメっぽい絵」というのも存在しうるんですが、まずそれまでの絵柄との決定的な差異としてのトーンワークがあった。

次にアニメで好んで使われた手法をマンガに援用しようとしたこと。
当時のアニメに特有のパースや、当時のアニメーターが好んで使っていたような方法論をマネして使ったりしていた、というか。
この辺、私も勉強不足ですが同時に大友克洋の影響も濃厚です。
大友も「動き」に敏感な人だったんで、大友からの影響かアニメからの影響か、その両方かわからない場合が多いです。
大友はトーンをまったく使わなくても「大友っぽさ」がありまして、たぶんGペンの抜き具合とか斜線による影の付け方、独特の構図などからそういうのが出てきます。
で、「アニメ絵」というのは大友からそういうのを踏襲してますね。大友の絵柄にロリ顔のおねーちゃんの顔が乗っている、といったような絵柄もよく見受けました(あるいは大友→士郎正宗→だれか、という流れかもしれません。

第三に、少女マンガの影響。
これもいろいろ微妙なんですが、70年代後半から80年代前半くらいまでのオタクの絵柄には確実に少女マンガの影響が見られます。
ちょっとしたカットで花びらが散ってたり、家のつくりが少女マンガっぽかったり、ヒロインの登場シーンに花を背負わせたりとかね。
絵柄とは直接関係ないですが、そもそも「ラブコメ」の手法が大胆に導入されたのはほとんどぜんぶ、少女マンガからですから。
でもそれが目立ったのは80年代前半までで、後半からはそうでもなくなっていく印象です。

まとめるとアニメ、大友克洋、少女マンガといったところからのテクニックの越境があると思います。

第四に、「アニメ絵」として特徴のある美少女の「顔」です。
これは観てもらうより仕方ありませんが、むりやり文章で表現すると、瞳が大きい、ほっぺたがふっくらしている(下ぶくれ)、口が小さい、髪型がギザギザだったりする、といったようなことです。

この独特の「美少女の顔」はとても興味深くて、
たとえばオタクに多大なる支持を受けていた高橋留美子や桂正和はこの流れと微妙に違っていたり、
江川達也は絵柄は劇画っぽいのに、美少女の顔は「アニメ的」だったりするんですけどね。

とにかく「ジャンル内流行」としてはある時期まで一種類しかありませんでしたが、
これが90年代を境に変化してきます。
簡単なところでは「でじこ」あたりから、口の大きいキャラが出てきます。あるいは、等身の高いキャラを使ったアニメ絵が古く感じられたりするようになりますね。
エヴァの貞本義行がちょうどアニメ絵としては中間的な絵柄で、等身も高いですよね。95年から数年のエヴァ・ブームのときに、「これでいいんだ」と思ってそれまでの絵柄で通しちゃうと、2000年代に入ってからなんだか絵柄が古く感じる……っていう作品を(貞本以外で)目にしたりしました。

もちろん、等身が高くて劇画タッチで、でもアニメ絵で、それなりに上手くて……という人もたくさんいるんですが、2000年代に入ってからの「オタク絵(萌え絵)のイメージ」というと、でじこ、あずまんが大王、あと今、なんだろう。西島大介とかも入れていいかもしれないですが、図案化された方向に行っているんではないでしょうか。

第五に、絵柄とは別問題なんですが取り上げるテーマですね。
少女マンガからはラブコメを、
アニメや活字SFからはSF的設定を流入させた。
あるいは伝奇小説からの伝奇的要素の流入、
スプラッタ映画ブームからの怪物、血みどろ描写の流入。

ざっくり言えば、同時代のサブカルの活況がそのまま影響していましたし、その辺が「アニメ絵」、「オタク好きのするマンガ」という認識としてとらえられました。

・その2
デ・ジ・キャラットのアニメが1999年から2000年頃、あずまんが大王が1999~2000年。
これらはギャグマンガ、アニメですね。
むろん、2000年以降も人気のSFアニメというのはありますが(パッと思いつくのは「宇宙のステルヴィア」とか「プラネテス」とか「ギャラクシーエンジェル」とか「時をかける少女」とか)、「文化」として、アニメとの結びつきという点で必要不可欠のものではなくなっている気がします。

そう考えると「エヴァ」がSF的設定の興味で引っぱっり大ヒットしたのは「SFとアニメ」の蜜月の最後の輝きだったのかも……というのはうがちすぎですが。

どんどん話それて行っちゃってますが、とにかく「かわいい絵柄で女の子が複数登場してきて、日常的に他愛ないことをするマンガ」の方法論が「あずまんが大王」で確立されます。
行くとこまで行くと、「らきすた」になりますし、もっとどこか先に行くかもしれません。

何が言いたいかというと、「オタク好きのするマンガ」は、90年代までなんとか一枚岩だったのに、それから8年間くらいかけて段階的に多様化していった、ということなんですね。

それと、話を戻しますが、「アニメ絵」が、アニメとマンガだけでなく「ゲーム」で醸成され始めたということが、90年代以降、大きいと思っているんですよ。
「CGで表現される」という条件を満たさなければならない、ということもありますし、
消費者動向もゲームの出現で変わっていった、と。

だからこそ、便宜的に「エロゲーが流行りだした90年代初頭」の前と後で、マンガオタクのメンタリティを考えようというわけです。

さらに続く。
次回はさらにさかのぼって、70年代終わりから80年代前半くらいまでのことについて書きたいです(予定)。

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