« 【萌え談義・その8】・「本当は萌えと特撮オタクは直結していかないといけないんだよ。」 | トップページ | 【雑記】・「オタクの歴史性について」 »

追記

このエントリに関して、後から気づいたのでいちおう自己フォローしておきます。

それはけっきょく、「グルメ行脚を続けて、簡単なものには驚かなくなった食通が、『逆にこのつまんないお茶漬けがうまい』と言っている」ということと、 同じなんじゃないんですか?

自分で自分の文章を引用しましたが、上記の部分、「おまえがぶっとびとかトンデモとか言ってやっているマンガ紹介はソレなんじゃねえのか?」というツッコミが来ることを想定して解答します。

私が言いたいのはただ「ためにする逆説って、意味あんの?」っていうこと。

私も一般的評価としてはかなり下だったり、マンガの完成度としては低いものを紹介することはあるが、それは私評価の中では高いものだし、なぜそうなのかは説明しているつもりだからね。
それと、読む人が紹介文を楽しめるかどうかっていう基準もある。

まあ「ストーリーよりキャラです」って断言されて救われる人もいるんだろう、ってことは前エントリにも書いたけど、
その主張だけでは、けっきょく何も生み出さないのじゃないか、と私が思っているということです。

あと念のために書いておきますが、ここで言う「キャラ」はもちろん「小池一夫的なキャラ」のことではないですからね。

小池一夫も、キャッチーだからかそれとも自分が駆け出しの頃はマンガ業界でそうは言われていなかったからなのか、「キャラクターこそいちばん大事」ということをいまだに言うし、それはあの人の文脈では基本的に正しいんですが、
小池一夫という人の基本設定やプロットの練り込みはすごいものがありますからね。それはもともと彼が原作者で、「お話を転がす人」だからあまりわざわざ言わないんでしょうね。

とにかく、今さら「ためにする逆説」の時代じゃないんじゃないかという気がします。
ただし、笑えるなら逆説でもアリなんですよ。

笑ったらストレス解消になるから。

|

« 【萌え談義・その8】・「本当は萌えと特撮オタクは直結していかないといけないんだよ。」 | トップページ | 【雑記】・「オタクの歴史性について」 »

オタク」カテゴリの記事

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

萌え」カテゴリの記事