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【映画】・「ウォリアーズ」

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1979年、米
監督:ウォルター・ヒル
原作・脚本 : ソル・ユーリック

簡単に言えば、アメリカの不良がケンカして逃げ続ける映画。

ニューヨーク最大の不良集団「リフス」のボス・サイラスが、数々のチーム(「チーマー」のチームみたいな感じ)の代表者を数名ずつ、夜のブルックリン公園に来いと召集をかける。
サイラスは不良少年どもの集団に呼びかける、一致団結して街のすべてを我々のシマにしようと。それに答える大群衆。
革のベストが「制服」であるチーム「ウォリアーズ」のメンバーたちも、その集会の中にいた。
異様な盛り上がりを見せる不良ども。しかし、その中でだれかが拳銃を取り出し、サイラスを射殺!! 現場は大混乱に。しかもそいつが「犯人はウォリアーズ」と言ったため、ウォリアーズメンバーは地元であるコニー・アイランドまで逃げなければならなくなった。
たった45キロの道のりだが、各ブロックには「サイラス殺し」の犯人を捕まえて名をあげようとするチームがゴロゴロしているのだ!!

……何の気なしに観た映画だったが、自分的にはかなり重要な映画であった。
それは、「この映画が、ほとんど日本のヤンキーマンガに何の影響も与えなかった」という点において、である。

何しろ、私も日本で公開されたどうか記憶にない。別に映画マニアでも何でもなかった私だが、少なくとも日本のヤンキーに影響を与えるには、映画マニアならぬ私が知っているくらい広告を打たなかったらダメだろう。ジャッキー・チェンの映画みたいに。

ネット上のいくつかの感想を読んでも同感なのだが、「武器を持ってない状態で、自分のシマではないところで敵に襲われながら、地下鉄だけを利用して逃げ続ける」というふうに、限定された状況下でいかに戦い、逃げるかがストーリーとしてきちんと定められているところがいい。
また、襲ってくる連中も、サイラスに召集のかかったチームは1チーム9名、と決められていたので、大人数でもないから「がんばれば逃げ切れるかもしれないが、油断すると……」というふうに、適度に困難が設定されているのだ。

まあ、ストーリーや監督のプロフィールなんかは他のサイトを参考にしてもらうとして自分の興味のあることだけ書くと、とにかく、これだけキッチリしていてなおかつヤンキーが観たら盛り上がりそうな映画なのに、後の日本のヤンキーマンガにこの作品は見事なまでに何の影響も与えていないと思うのだ。
「おかしな『制服』に身を包んだ不良少年たちが、各地域に存在している」という設定は、井上三太の「TOKYO TRIBE」まで待たねばならない(たぶん、「TOKYO TRIBE」は本作の影響を受けている)。

だが、たとえば当時、角川映画並みの宣伝攻勢でこの映画がヒットしたとして、日本のヤンキー(あるいはヤンキーマンガ)に影響を与えたか? を考えてみると、やはりそうでもないのではないかと思う。

まず、日本では80年代に入って一億総中流幻想に入る。対するにこの「ウォリアーズ」は、当時(70年代か、あるいはもっと前の60年代)のアメリカの格差を存分に描いている。
アメリカの不良事情に詳しくないのでちょっともどかしいのだが、この映画では「貧困」と「不良であること」はほとんど抜きがたく結びついており、日本の80年代ヤンキーとは少し違う感じである。

もうひとつは、日本以上の「地元性」である。もちろん、日本のヤンキーマンガでも「地元」というのは重要なファクターだったが、それは単に不良たちの行動範囲をそのまま表しているだけで、やはり「深刻な地域格差」は、表されていなかった(実際はあったのかもしれないが、それをマンガに描くことははばかられた)。

本作ではサイラスが生きていれば、数万人の不良とニューヨーク警察が激突するはずであった。実はそういう設定も、いったいどこまでリアリティがあったのか私にはわからない。
が、ニューヨーク警察VS不良少年たちという対決がありえないのと同じくらい、本作が80年代の日本で流行ることも、たぶんなかったんじゃないかと思う。

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