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【雑記】・「補足。そして本当に言いたいこと」

こちらのエントリがどうやら大手ニュースサイトにリンクされたようで、アクセス数が(ウチのサイトにしては)爆発してしまいました。
実は、特定人物に当てたエントリだったんですが、ここまでアクセスが増加するとそのぶん、このエントリに対する誤解も生じると思うので、もう少し詳しく、自分が本当に言いたいことを書いてみたいと思います。

・その1
前のエントリに関して、言いたいことがある人がいるとするならば、「即売会で出店している人同士の不平等はどうなるのか?」ということなんじゃないでしょうか。
人気、売り上げ、その他もろもろで、確かに充足感は違ってくるかもしれません。

自分がときどき考えるのは、「本をつくって即売会に出店して、1冊も売れなかったとき、参加したことに意味はないのか?」ということです。

「即売会才能育成説」からすれば、意味がなくなっちゃうんですよ。でもおかしいでしょ? 参加費払って出て、意味がほんの少しでもあればいいけど、ゼロってことはないだろうと。
ま、そういうことを書いたら、どこかで皮肉ったようなこと言われたんで、前のエントリを書いたんですけど。

同人誌即売会ってのは、自分で楽しみを見つけて、自分で充足感を探すという要素が強いイベントだと思います。
出店していれば、なおさらそうです。
まあ、こういう結論はどうなのよと思う人がいるかもしれませんが、けっきょく「気合」とか「根性」とか「でも、やるんだよ」っていう気持ちが、即売会での(本が売れない場合の)充足感を決めるのだと思います。

自分が幸せかどうかは、自分が決めるんだから。イベントから何を学び取るかは、そこに参加した人自身が決める要素が強いと思います。とくに、それは即売会に出店すると感じることだなあ、と思うわけです。

・その2
こういう根性論だと、まだ物足りない人がいるかもしれませんね。
まあぶっちゃけると、「イベントの楽しさ」をものすごく厳しく観ていけば、実は「才能の差」で楽しさの度合いが決まってしまうのが、同人誌即売会の限界だと、自分は思っています。

本質的には、「売る側」と「買う側」に分かれているし、「売る側」も、才能の差によって一人ひとりが分断されているとも言えます。

そこで、一見話が飛躍しているようですが自分はクラブ文化、DJ文化はすごいと思っていて、
まあクラブ文化が批評の対象として検討されはじめた90年代初頭によく言われていたことですが、要するにそこでは「踊る側/観る側」という壁をとっぱらったわけですよね。
ダンスというものが、厳しい練習を経て選ばれた者がする、それを観客がお金を払って観る、という図式を完全に崩したわけでしょう。

別の言い方をすれば「踊る側/観る側」という才能の壁をシャッフルしたわけです。
(日本ではいわゆる、踊りの先生から一般の人が学ぶお座敷芸的なあり方があり、それもまた「演る側/観る側」という関係性を別の方向に持っていっていると思いますが、その件に関してはちょっとおきます。)

鶴見済が、「レイヴのダンスは巨大な貧乏ゆすり」ってどこかで書いてましたが、まさしくそのとおりで、熟練の技を、「巨大な貧乏ゆすり」にひきずりおろすことによって、「踊る/観る」という差異は無効化されるんですよね。

まあ「DJの才能」っていう差がそこに厳然と出てくるだろ、っていうのは確かにあるし、DJ同士のしのぎあいっていうのもあるんだろうけど、たとえば三波春夫が出てきてワーッてなるのとかとは、ちょっと違うわけでしょう。
古い話ですがエイフレックス・ツインが来日したときは、DJブースの中身が観えないようにしてやってたしね。

「音楽」っていうメディアの特殊性ももちろんあるだろうけど、「才能の差異」による不平等を、近代的なかたちできょくりょく抑えて狂騒状態をつくり出そうとしたら、クラブ文化以外ないと思うんですよねえ。

80年代のディスコ文化、90年代のジュリアナのボディコン女たち、そして「ヲタ芸」、さらに音楽と関係ないけど「フーリガン」ってのは、「本来目立つべきでない客が目立つ」っていう、一種ねじれた現象だと思うわけですよ。
で、まあ最近のクラブは知らないけど、テクノ、エレクトロニカのクラブっていうのは、客が目立たなくていい、ってのが良かったなあ、と思ってて。そういうめんどくさいことしなくていいんだ、って。

だから自分は、同人誌即売会の限界を、クラブが突破していると考えてはいます(ただ、もう7、8年くらい行ってないですけど。むしろ即売会の方が圧倒的によく行ってますけどね)。
なんでとつぜんここにクラブが出てきたかというと、80年以降の広義のサブカルチャーの大きなテーマが「プロアマボーダーレス」だからです。
その件に関しては、またの機会に。

・その3
で、いちおう急いでつけくわえておくと、
私は何でもかんでも平等がいい、って言っているわけでないです。

超人的なカリスマが、観衆を広義の芸で圧倒するという関係性は当然ありえます。

ただし、同人誌即売会という場で「みんな平等だよ」と言ってしまったら、それは確かに欺瞞性が残る。
クラブ文化は、まだその欺瞞性が最小限でとどまっている。

即売会の場合、「才能によって楽しさに差が出るよ」って言いきってしまうのも、何か間違っている気がするんですよね。
そりゃ差は出ますよ。でも言いきっちゃったら、大切な何かが確実になくなります。

同人誌即売会の欺瞞性を覆っているのは、「参加者同士が気心の知れたオタクだ」ということ以外にないわけです。
それがいろんな人間を即売会という「場」で結びつけるコンセンサスになっている。
じゃあ「オタク」って何かというと……というふうに、話題はまた「オタク論」に移っていくわけですが。

それらは、過去にさんざん書き散らかして来たからいいですよね???


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