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【雑記】・「『花より男子』の倫理観」

・ライムスター宇多丸のウィークエンドシャッフル ポッドキャスト
サタデーナイトラボ「男の子のための『花より男子』特集!」

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いやあ、よくここまで踏み込めたねえ、と個人的には思ってしまった。
マンガに関してはシロウトである人が、直観によって実はそうとうやばいところに踏み込んだ気がする。

実際の細かいニュアンスに関しては、実際にポッドキャストを聞いてもらいたいが、宇多丸が問題にしているのは「F4の過去のいじめに関するみそぎのシーンがまったくない」ということに尽きると思う。

ひとまず、「読者はヒロインにのみ感情移入しているのだから、ヒロインだけが救済されればよい」と言うことはできる。
しかし、こういう「みそぎシーンの欠如」って、他の少女マンガに関しても私、昔から感じていたことなんで、
「なんでこうなったのかな?」っていうのが、勉強不足ゆえにいまだにわからない。

たとえば、「花男」以外の少女マンガでも頻繁に観られる展開として、
「カッコいい男の子がヒロインにいじわるしてくる。しかし、何かのきっかけでその男の子がヒロインを好きだとわかり、ハッピーエンド」
というのがある。王道のパターンと言っていいだろう。

前半部分の「ヒロインに対するいじわる」がどう描かれるかにもいくつかパターンがあって、
・ヒロインが好きだからいじわるする場合
・最初はヒロインのことを何とも思っていなかったから、いじわるする場合
がある。

だが。
前者の場合は、ヒロインを好きだろうが何だろうが、いじわるはいじわるである。「好きだからいじわるしてました」というのが後にチャラになるためには、男の子の方が謝罪しなければならないはずだ。
しかし、驚くべきことに、この「謝罪」のシークエンスのない少女マンガがどれだけ多いことか!

後者の場合でも同じことである。「何とも思っていなかったからいじわるする」、「だが、好きになったからいじわるしない」では、男の子はいじめっ子のままである。ヒロインとうまく行った後も、ヒロイン以外の女の子をどこかでいじめているのかもしれないのだ。
このパターンの場合でも、「男の子が謝罪する、みそぎする」というシーンが描かれないことが、本当に数多くあるのである。

ポッドキャストでは、「花男読者は、大文字の『正義』に対してとくに興味がないのでは」という仮説が立てられていた。
まあプライオリティの問題としてそういうことは、あるとは思う。男の読むアクションマンガで恋愛要素のプライオリティが低いのと対応しているのかもしれない。

しかし、どうもそうとも言いきれないところもある気がする。

たとえば、よく言われる「少女マンガによくあるシーン」で、「不良っぽい男の子が雨の中、捨て犬を拾うところをヒロインが見てしまう」というのがある。
これは何を意味するかと言えば、その男の子が「弱者に普遍的に優しいのではないか」ということである。

ある時期まで、少女マンガでも「普遍的優しさ」が重要視されていた、ということだと思う(最近でも、そういうシーンは入ってると思うけどね)。

何年も前から感じていたことだが、半ページ、1コマ入れれば済む描写を、多くのマンガ(少女マンガに限らず)がしていない。その半ページ、その1コマを入れることがプロの見識じゃないの、と思うのだがそれがどんどんなくなっている……ような気がする。

私が「快感フレーズ」が好きなのは、「花男」のように普通の女子が、普通に生活していれば知り合うこともできない存在(人気バンドのヴォーカル)とつきあうという展開を描いていても、実はわりと心理描写(通俗的ではあるが)がしっかりしているからである。

「金持ちの中に一般人が入っている」シチュエーションとして似ている「有閑倶楽部」などと読み比べてみようか……などと思うが、
よくよく考えたら「身分違いの恋」は鍛え抜かれ、洗練された永遠のシチュエーションのはずなんだけどねえ。

補足

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