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・「少女マテリアル」 鳴子ハナハル(2008、ワニマガジン社)

Syojomatelial
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成年コミック。
主にCOMIC快楽天に掲載された作品を収録した短編集。
すっかりエロマンガを読まなくなってしまった私ですが、鳴子ハナハルのショート・エロマンガは、ネットに流れてたのを一度観たんですよ。
で、「絵のきれいなマンガだなあ」といっぺんに覚えてしまった。だから、この単行本が、なんか出る前からオタク界隈でものすごく期待されていた印象、ってのもわかるし、実際、すごい売れてると思うんだよね。

それに見合うものは確実にあるし、「売れるだろう」って思われているものが売れなきゃ、マンガ界、成年コミック界に限らずこの世は終わりですよ。
それにまだまだマンガ家としてまだまだ伸びる感じもするし、この単行本が売れる、ということに関しては私は何ら否定するものではございません。

以上を前提とした上の、個人的な感想。

・その1
今のオタク系のマンガ、アニメ、ラノベもそうかもしれないけど、ロートルである私の個人的印象としては、最近のオタク系コンテンツに共通しているのは、

「大友克洋~山本直樹あたりで完成を見た、『なんか突き放した感じ』が、戦略的にではなく、『普通の表現』として流通している」

ということ。
あくまで印象ですが。

ざっと見たネットの感想としては、「少女の心理描写中心になっているから実用的でない」っていう意見があって、「なるほどな」とも思った。
だけど、それはあくまでも80~90年代の、何か異様に突き放したクールな描写が、もう若いクリエーターには表現としても、あるいは生活実感としても当たり前になっていて、それを通過しての「少女視点の心理描写」に、ロートルの私は見えるわけです。

当然ながら、この単行本の中の作品には、昔Hマンガ……90年代前半くらいまでのHマンガに残っていた「少女マンガ」の残滓は見事に消え去っている。かといって、90年代半ばくらいにあった「戦略的にドライでクールな描写を選択する」という感じでもない。

以前、みやすのんき(ひろもりしのぶ)作品について思うところを書いたけど、80年代のオタク向け作品、あるいはアンダーグラウンドな作品の「中身のなさ」の意味を、自分は理解しているつもり。
でも、もう今現在の、こういう……自然にクールな描写が出てきてしまうということに対する意味を、肌合いで感じることは少なくとももう私にはできないんだね。それは実感してしまった。

(もちろん、今でも昔ながらのウェットな作品というのはあると思うけど)

・その2
そんなもんだから、本作を読んだだけでは作者の「美少女」に対する執着がどの辺にあるのかというのが、ちょっとわかりづらい。
あるいは、「絵」とか「描写」にほとんどすべてが集約されていて、それがプロットを通しては見えにくくなっているというか。

実際、プロットとしては寝取られもの、陵辱もの、ファンタジックなもの、田舎の旧家の因縁を描いたものなどさまざまで、たぶんこのバラけ方は意識的。うーん、まあ本作を読むかぎり、作者はセックスに関して激しく偏った趣味はなさそうですね。
悪い言い方をしてしまうと、ものすごいきれいでかわいい子が出ている、フツーのAVみたいなところは、ないでもない。

でも、それは私が「絵」と、もうひとつは「たとえわざとプロットにバラエティを持たせようとしたとはいえ、その前提で選ばれたプロットとその描写」に関して、そこに意味を読み取っていない可能性はある。

なんか個人的な印象になるけど、私にとって(あくまで私にとって)エロマンガは、何か昔とは確実に違うものになってるんだな……と実感して、涙を流しながらインスタントラーメンを食って、寝る。

以上。

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