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【雑記】・「宮崎勤、死刑執行にあたって思ったこと」

連続幼女誘拐殺人事件、宮崎勤死刑囚に死刑執行

あの事件のときに個々人が何を感じたかは、当時の年齢やスタンスなどでみんな違うと思う。
東京と地方でも違うかもしれないね。

それにしても事件から20年が経ったんだねえ。
以下は、ただの自分語りです。


・その1
私個人は当時、思春期にちょこちょこ観ていたアニメから離れようと思っていた時期であり、なおかつ「人間どう生きるか」というか、若者の倫理というか、そういうことを漠然と考えていたので、「オタクの倫理」ってものについても考えていましたよ。

でも、別にチョクでオタクなサークルに属していたわけではなかったので、私の周囲の大半の人間がミヤザキ事件に関しては他人事でした。
「この事件についてみんなもっと考えるべき」って思っていたけど、ネットもない時代だしそれをだれかに強く訴えた覚えはない。

当時から疑問で今でも疑問なのは、大塚英志がなんか宮崎の弁護人みたいなのを買って出ていたことで、宮崎フォローの発言もよくしていたこと。

その後、「おれの代わりに犯罪をおかしてくれたのかもしれない」みたいなことを言う人が思いのほか多かったんだけれども、大塚英志は具体的に行動に出ただけ、スゴイとも言えるし私の違和感は大きかった。

「M君」という情緒的な言い方もイヤだった。宮崎は当時成人しており、宮崎は宮崎だ。

もうちょっと、宮崎事件と「オタク」って別に考えた方がいいんじゃないか? と事件から数年、ずっと思ってました。

ただし、宮崎事件がオタクをめぐる言説において非常に象徴的な存在になったこと、これはもう否定できない。

もしかしたら、宮崎勤はリアルタイムで言われていた「オタク」でも「ロリコン」でも「コミニュケーション不全者」でもなかった可能性は、その後の調べとかでどんどんでてきた。印象として残っている「都市の事件」ですらないという見方もある。
しかし、それと世間に与えたイメージとかインパクトはまったく別の問題だった。

・その2
岡田斗司夫が、オタクの思想的バックボーンというか、現在のオタクイメージの源泉となる以前、大塚英志も含めた評論家とか識者とかいった人たちからの「オタク的生き方の反省」は、マスコミを通して語られた。
自分はそれについてずっと考えていたし、90年に入る前にいちおうの結論も自分なりに出した。

しかし、自分の中で面白かったのはその後、その「結論」すらワン・オブ・ゼムにすぎないなと考えが変わっていったこと。

どういうことかというと、「あるべき青年像」みたいのを追求していったら、オタクになんかなりっこないんです。もともとが「わかっちゃいるけどやめられない」という存在がオタクなのであって、そこに武士道だとか高校球児の本分、のようなものは、ない、と思う。

宮崎事件後の、まあそういう言葉はないけどサブカル論壇は世代的に言えば団塊の世代のすぐ下、オタクだったらオタク第一世代の人が多かった。
で、そうした論者自身が自己批判みたいなことをしてた。「おれたちは反省しなきゃいけないんだ!」「うん、そうだな、反省だな」みたいにうなずきあっている空気があって、今考えるとなんか変だった。
でも、オタクが自己批判する/しないの差がだよ、そりゃー幼女にイタズラしたり殺しちゃったりというのはダメに決まってるとして、もうちょっと卑近なレベルにおいて、その差が後に、非常に決定的なものになったかというと、ならなかったと言わざるを得ないですね。

えーとですね、ここわかりにくいと思うんでもうちょっと詳しく書きますけど。

・その3
ミヤザキ事件を通して、オタクの人たちが世間、社会との関わりについて考えはじめた、ということは確かにあったと思う。

私が言いたいのは、当時も今も1万人くらいはいる、サブカルも好きなんだけど思想書だとか、ちょっとむずかしめの新書を読んでいるような人たち。彼らの中にも、「オタク」と呼ばれるような人はいたわけで。

その人たちに向けて発信されたコトバ、それの有用性がですね、当時私は絶対的なものだと思っていた。
で、確かに筋は通っているし、ある程度の普遍性もある。間違ってはいなかった。
だけれども、それがそれほどものすんごい強固な思想であり、唯一の回答であったかというと、どうもそうでもなかったらしいということ。

それを90年代を通して感じた、ということです。

うーん、自分で書いててもわかりにくくなっちゃってますけどね(笑)。

たとえば、90年代に入る前というのは、「恋愛」は社会性を持つための最大の契機だと思われていた感がある。
(それはあくまでも、上に書いた、今も昔も1万人くらいはいる、こむずかしいことを考える人の中で、ということで。)

チャラチャラした大学生とかお化粧のことしか考えてないアホなギャルとか、そういうのだけじゃなくて、知識人とか文化人とか言われていた人たちも、「恋愛」をある種絶対的なものと考えていた風潮がある。

で、それはどういう文脈から出てくるかというと、ミヤザキ的たたずまい……今で言うところの引きこもり、あるいは悪い意味でのオタクに対するアンチ、という意味合いがあった。

今では死語となった「おそと」という言い方も、「オタク」を社会性のない引きこもりとして規定したからこそ出てきた言葉だったんですよね。

チャラチャラ恋愛主義や、あるいは多少勉強でもしようかなと思っていた学生の間での「恋愛の絶対性」のようなものに対し、アンチな意見「恋愛は普遍的か」を書いたのは呉智英だった。
呉智英夫子は、「社会性を得るために恋愛をする」という当時の(クソマジメな)若者の切実さは、皮膚感覚としてはわかっていなかったと思うので、また別の話になっちゃうんですけどね。

なお、ググらないでこの文章書いてますが、「恋愛は普遍的か」への反論を確か竹田青嗣が書いていた記憶があります。

で、岡田斗司夫の「オタク学入門」がものすごくスマートなかたちで出てきて、そこら辺の言説は一度リセットされたように、自分は考えているということです。

んだから、「恋愛をすることによって社会性を得ていく(得ていかなければならない)」という一種の強迫観念(まあ、私が思っていただけかもしれないけどさ)が80年代後半にはあった、ということを念頭において、本田透の「恋愛至上主義批判」について考えると、また面白いと思うんですよね。

要するに、80年代後半と、2000年代では「ちょっと哲学書でも読もうかな」といった種類の若者の間での、それなりのトピックとして、「恋愛」のとらえられ方が変わった、ということなんですよね。

あー、この文章すげーわかりにくい。でも残すけど。

・その4
私は、ミヤザキ事件でも今回の秋葉原の件でもそうだけど、加害者側に対して「おれもああなっていたかもしれん」っていう意識は、正直まったくないです。
快楽殺人に関しては妄想すらしたことないし、加藤智大は、暴力をふるうべき相手を完全に間違えていた。私、無力感でおちこんだりノイローゼになることはあっても、ほとんど行動に走らない人間なんであまり犯罪者に感情移入できないんですよ。

ただ、あまりにも信用すべき人たちが「あれは私の代わりにやってくれたんだ」とか言うから、そういう意識は認めざるを得ないのかな、とは思っていますけど。

以上、ほとんど私にしかわからない話でした。

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