« 「面白漫画倶楽部同人誌Vol.1」 | トップページ | 【アニメ】・「これはプロット知るだけでご飯三倍は食える!」 »

【雑記】・「評論とは3」

評論とは

評論とは2

まだ「評論」について考えている。
上記ふたつのエントリで私が言いたかったことは、まとめると、
岡田さんがあたかも「評論は題材とする創作に奉仕する存在でなければならない」という会議の論調に対し、「評論は評論としての独自の価値観がある」とキッパリ言い放ったことに私が衝撃を感じた、ということである。

だが、それはもちろん、「評論に独自性があるのだから、創作者はだまってまな板に乗せられていろ」という意味では、むろん、ない。
感情的な確執が生じるのは、むしろ当然のことだと思う。


・その1
しかし、それをも乗り越えていかないと、評論はただの提灯記事に成り下がってしまう。
ここら辺は、現場レベルではきっぱりと割りきれるものではない。

また、「評論は評論として独自性を持つ」ということは、逆に言えば「題材とされた作者には何のメリットもない評論」というのが存在しうることを証明しているとも言える。

「評論に独自性がある」ということと、実作者が「だから評論の内容を受け入れなければならないのか」ということとは、まったく次元の違う話である。

まあたとえば、品川や土田が「評論家ぶってお笑いを語るやつにいい感情を持っていない」としても、評論する側はする側で、「てやんでえコンチクショー」って思いながら、ひたすらに語り続ければいいだけの話。
そこに、何の確執も生じないことは、今後もないだろう。

・その2
それともうひとつはマンガ評論の話。
マンガ評論の場合、「評論としての自立性」とは逆に、マンガファンからは「それって、何か意味あるの?」っていまだに言われているのが現状。

だからここで、「マンガ評論はマンガ評論で、マンガとは別のものだから、マンガファンにとっては意味のない場合もあるよ」と開き直るか、「マンガ評論を読めばもっとマンガが面白く読めるようになる、だから読んでください」と言えるか、というのはなかなかむずかしい問題だと思う。

前にも書いたが、
書籍、音楽、映画、ゲームの場合は時間と金を使わずに済むには、レビューを読むしかない。
だからこそ、商業的な「レビュー文化」がある。

しかし、マンガは、マンガ喫茶では読み放題。ヘタをすると道端におっこちている。読むのに、まあ長編全部だと時間がかかるが、単行本1冊、2冊なら時間もかからない。

だから、業界事情としてレビュー文化が育たなかった(と思う)。
レビュー文化と「評論」が乖離しているのが、マンガ評論の特殊性なのではないかと思う。

それゆえに、哲学者や文学者や、アーティストなどが「マンガを語る」方が耳目を集めてしまったりする。

で、ここからは今日的な話。
私は、昨年くらいまでは、マンガのレビュー文化というのはネットで開花すると思っていた。
ネットは読むのはタダだから、レビュー文化が形成されるのではないかと思ったのである。
だが、どうも雲行きがあやしくなってきた。

いちばん気になっているのが「ネタ系」の書評サイト。
いや「ネタ系」というより、私からすると「ネタバレ系」なんだけど。
画像を大量に使い、週刊マンガ誌のネタを面白おかしく切り取ってみせるという方法に、どうにも違和感を感じる。

私も「ぶっとびマンガ」という観点からずいぶん似たようなことをやってきたが、あれはいちおう、すでに連載が終了しているとか、容易には手に入らないものをとか、気を遣っていました。
「とどろけ! 一番」の全話レビューに図版をひとつも入れなかったのも、気を遣ってのことです。

だけれど、「週刊連載のマンガの画像を大量に載せて、いちばん美味しいシーンの絵をクライマックスに持っていくような紹介方法」は、本当にそれでいいの? と今でも疑問に思ってる。

もう、そこには「くわしく知りたいなら、買って読もう!」っていうメッセージはないんじゃないか。

・その3
一方では、そういう流れとはまったく関係ないところで、評論の方法論をめぐっての議論というより罵りあいみたいなのがときおり出てくる。

まあ、どんな世界にもあるんだろうけど。

まだ具体的な作品をめぐっての論争なら外野も楽しめるんだろうが、方法論をめぐっての議論は知らない人には届きにくいと思う。
それと、そういう議論の場合、他のジャンルではどうだったか? という視点が、私が知るかぎりないのも気になる(あったら教えてください)。

たとえば「表現論(あるいは社会反映論)は是か非か」という議論は、映画評論ではすでに決着が付いているんじゃないか? と、映画評論を知らない私は思うし。

あるいは、最近はたまたま目に入ってこないが、ネットがさかんになりだした頃のネット論や、あるいはブログ論は、同人誌の世界で生じた問題意識をかなり参考にできるはずだったんですけどね。あまりそういう比較をしている人を見たことはなかった。

・その4
それと、まだもうひとつある。
「作品の倫理的批判がどこまで有用か」ということだ。

倫理的批判というのは、要するに「作品が現実をふまえていない」、「作品が現実逃避のためだけに機能している」、「作品が受け手にカン違いやある種の洗脳をうながしている」、「残虐描写や性描写などで、受け手を犯罪にうながしたり、間違った知識を植えつける」といった批判のこと(だと思う)。

残虐描写や性描写の問題は規制問題とからんで議論が進んでいる方だと思うが、
たとえば「現実逃避のためだけに機能している作品」の批判は、個人的にはかなりむずかしいと思う。

その典型が、マンガではないが「世界に一つだけの花」の批判。
まあ、呉智英の「デオドラント文化批判」みたいに、近代的平等主義批判みたいなところにまで発展させるなら別だが、
情緒的に「ナンバーワンよりオンリーワンなんておためごかし」、「負け犬の言い草」とか言ったところで、どうにもなりはしないだろう。

「いい歌だなあ」と思いながら、それをカラオケで歌いながら、今日もノルマ達成にがんばってる営業マンだっているかもしれないでしょ。それを批判できるのかと。

つかれたので、唐突だが終わる。

|

« 「面白漫画倶楽部同人誌Vol.1」 | トップページ | 【アニメ】・「これはプロット知るだけでご飯三倍は食える!」 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

評論とは」カテゴリの記事