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【雑記】・「『他者』感覚」

順番待ち。(ケラリーノ・サンドロヴィッチblog 「日々是嫌日」)

先日、発売されたばかりの、ある「笑い系」の舞台のDVDを観た。
我々にとってお客様である方々を多く含むこのblogの読者に対してこんなことを書くのもやや気が引けるが、そのDVDを観て、何が一番駄目だと感じたかというと、客席の状態だった。

引いては、この状態を許容しているとしか思えぬ「この舞台の責任者」も駄目だと言えるかもしれない。

「他者」がいない客席は駄目だ。

「他者不在」の状態は、他者(例えば俺)が観た時、大きな違和感を感じる。

リンク先の、下のほう。

まったくもって正論だと思うのだけど、私はこういうことをわざわざ書くのは、ケラの世代的な問題もあると思う。

今で言う「サブカル」の人たちで、なおかつ注目されてきた人たちがかつて何をいちばん嫌っていたかというと、「閉鎖性」とか「内輪ノリ」ということだったと思う。

いとうせいこうが、ブログで現在のヒップホップに関してクサすのと同じで。

「サブカル」の人で「注目されてきた人たち」は、外部の視線を知ってるし、だれがどのくらい何を評価して、それによってどのくらいのなにがしかを生むのかわかっていたから、閉鎖性を嫌う。

で、その「閉鎖的なモノ」のひとつに「オタク」があった。だから蛇蝎のごとく嫌ったんだと思います。

もっとも、「オタク」っていう集団がかつて、本当に閉鎖的だったのかということに関しては、あまり断言するのも気が引けるけどね。

だから同世代でも、後続の「オタク」を看板にしてきた文化人と、二十代の頃から発言権を持ってきたサブカルの人たちでは、「閉鎖性」についての恐れというかな、そういうものがぜんぜん違うように感じる。

90年代半ば以降の「オタクとは何か?」という問題においては、「すでに『外部』もオタクの『内部』になっているのではないか」ということが取りざたされてきたから、オタク論客というのは自分たちがたとえ閉鎖的だと受け取られても、そんなに恐れないところはあると思う。

ま、どうでもいい話です。

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