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・【お笑い】私の言いたいことは、その部分じゃないです。

[Blog][テレビ][芸能] 言ってもしょうがないことだけど、言わなきゃいけないと思ったことは言うべきだと思う(昨日の風はどんなのだっけ?)
まあ、言いたいことはわかりますよ。

でも、私のこのエントリにおいて言いたいのはその部分じゃないです。以下、自分の書いたことの引用ですが、

こういう発言でいちばん疑問に思うのは、このブログのエントリで褒められている大物芸人だって、当時は「刹那的」、「くだらない」と、今の一発芸人と同じように批判されていたのに、そこが言及されないことだ。

あたかもテレビの「構造」について書いているようでいて、それでもやはり、「うさんくさい芸」に対する嫌悪感が観られるところが、私にとっては(気持ちはわかるが)また繰り返すのか、という感じである。

この部分です。

もうこういう物言いは何度も何度も、観てきているので、うんざりしてるんです。
マンザイームに、どれだけ「漫才」ではなく当時イメージするところの「マンザイ」が小馬鹿にされてきたか。

落語が漫才を、漫才がコントを、一人コントのファンが大勢でガヤガヤやるコントを、あるいは、オシャレな人たちが「お笑い」を、「自分たちのやっているジャンルが至高の芸」ということでおとしめてきた。

あるいは、同じジャンルでも「時代」ごとにバカにしたりされたりしてきた。いろんなものが「邪道」と言われたきた。

でも、それは私は「自分たちがやっていることのプライドの表れ」と思ってきた。とくに、ファンではなくプロの発言の場合は、それなりにリスペクトしてきた。

しかし、だれだって、松野大介だって、芸能界にそれなりの爪あとは残している彼ですら、うさんくさい当時の「テレビ芸」を忘れて「本物とは何か?」という話をしている。

その点に、いいかげんうんざりなんです。

それともうひとつは、これも前に書きましたが、テレビは構造的に「長い芸」をつくり手も受け手も嫌う傾向にある。
「長い芸」が受け入れられるのなら、テレビの落語放映だって、もっとずっとうまく行っていたはず。

もちろん、そんな状況を突破して、志のあるプロデューサーやディレクターが、ゴリ押ししてつくった番組が歴史に残っているのかもしれない。
しかし、たとえば「4時間の映画」が長いと感じても、1時間4回連続のテレビドラマは長いと思われないように、「メディアにふさわしい尺度の番組」というのが必ずあるはずで、

松野大介は「冗談画報」に関しては「『冗談画報』自体は採算を合わせることは棚上げした投資番組となっていたと思う。」と書き、当時のテレビの構造の問題として分析している。
しかし、現状ではその方法は成り立たないということも、彼は分析している。

だったら、「冗談画報」がやりたいなら、新しい方法、成り立つ方法を提示していかなければならない。
そうでないなら、単なる愚痴で終わってしまう。

私は、くだんの松野氏のエントリは「『番組』というものがつくられて放映される状況」というものを解説してくれて勉強にはなったけど、
その行間に、やはり「一発芸人」に対する嫌悪感を感じてしまって、

「またかー!! またこの論理展開かー!!」

と思ってしまった、ということです。
以下は松野氏のテキストの引用ですが、

かなり難しくて夢のない内幕話になってしまいました。そういう風潮は仕方ないかもしれないが、私は嫌いだ。せめて、本物の芸人と、一発屋は分けて見せるべきだ。全てごちゃ混ぜで見られるのがテレビの特権だとしても、うまく分けるのが作り手の芸だと思うのだが。

私は「ホンモノの芸人と、一発屋は分けて見せるべき」というのもよくわからない。
そりゃ気持ちはわかりますよ。だけど、私はそれこそ「全てごちゃ混ぜで見られるのがテレビの特権」だと思っているので、少なくとも1分かそこらで一発芸を見せる番組に関しては、何の不満もありません。

それに、「分けて見せるべき」って思っているのは、松野氏が「一発芸人」が嫌いだからでしょ。
「もう中学生みたいな芸人は、昔は『田舎に帰った方がいい』って言われてた」って書いてるってことは、「一発芸人」一般が嫌いっていうことですよね?

だから私はそうではない、私は一発芸人好きですよ、と言いたいの。

なんかtoroneiさんに誤解されているみたいですが、「状況を甘んじて何も言うな」って言ってるわけじゃないんですよ。

私が松野氏のエントリを読んで思ったのは、いつだったか解説者の張本かだれかが、次々とメジャーリーグに行く野球選手に対して「日本球界のことを考えてない」みたいなことをずーっと言っていた時期があるんだけど、それも「言っても仕方がないこと」の典型でしょう。
どうせいくら文句言ったって選手のメジャー行きへの流れは止められないんだから。

私個人は、業界批判や、もっと根本的な構造的な批判というのは、代案を提示しなければ意味がないと思っています。
「冗談画報」みたいな番組がつくりたいなら、現状のテレビ界をふまえたうえで、どうやったらそれが可能になるかを具体的に提示することまでやってもらいたい。

まあ、現場を離れた松野氏の任ではないとは思うけどね。
それにしたって、もう上の世代のうさんくさい芸をやってきた、見て来た人たちが下の世代のうさんくさいやつらに文句を言う図式は、見たくないんですよ私は。

なお、「状況に物申していく」ことに関しては、自分は「消極的賛成」という立場であり、決して「反対」ではないことは、このエントリで書いたつもりだったんですが。
実際、「ホット・ファズ」の劇場公開嘆願にも署名したしね。

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