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【イベント感想/萌え談義】・「アニメ会のトークライブに行ってきた、そこからの連想で関係ない話」

アニメ会のトークライブイベント「がんばって萌えまっしょい」に行ってきました。
於:イーストステージいけぶくろ。

知らない人のために説明すると、アニメ好きの芸人5人が集まって、前半はヲタ話のフリートーク、後半は「自分と二次元キャラの架空の恋愛話(萌え話)を創作して一人ひとり語って聞かせる」という構成のイベントです。

行ったのは半年ぶりだったかな。
メンバーのサンキュータツオがときおり「新作落語の一種だ」みたいなことを言っていますが、もちろん新作落語ではないにしろ、「すべらない話」で構造が明確になりつつある、テレビの芸人の「ネタ話」とは異質の、「おもしろい話」が聞けるという点からも非常に興味深いことになってます。

「萌え」ブームが一段落したからこそ、この「萌え話」の独自性が明らかになったふうでもあり、たいへん面白かったです。

さて、半年ぶりに再開したポッドキャストを聞いてみても感じたんですが、ここ半年で会話の中に「萌え」という言葉を使う頻度が、格段に低くなってますね。

まあ、最近ネットで見ても、オタクほど「萌え~」とか書くことも減ってきているわけですが、それについて思うところを少し(あ、以下はイベントには直接関係ない話です。イベントでは遅れてきたサンキュータツオが、「米粒写経」として「誰でもピカソ」の収録に行って来たということが少し話題になってました。っていうか私にとってはちょっとした事件なんですけどね)。

・その1
さて、アニメ会が「萌え」という言葉を使わなくなったのは、「萌え」が衰退したからか。

……っていうと、違うと思います。
「浸透と拡散」したんですね。

もちろん「俺の嫁」などという言葉にとって代わったとも言えますが、「萌え」という言葉が浸透と拡散した事実は変わらない。

で、明らかになったのは、「萌え」は、

「マンガやアニメの、異性のキャラをかわいいな、と思う」

というごく簡単な感情だったということです。
恋愛感情に近いから、「セックスと直結してるかどうか」でみんな口をにごしていたのも当然でしょう。

だって、まあたとえば二十代くらいでさあ、会社の同僚の子をちょっといいな、と思っていたとして、
昼休みに(「昼休み」ということが重要)、
「あの子かわいいな」って、弁当食いながら言ったら、同僚とか先輩が、
「それって、その子とセックスしたいってことだろ?」
って、いきなり聞かないでしょ、普通。心で思ってても。

夜、飲み屋だったらアリかもしれないけど、昼だったらその場の空気が「えっ」ってなりますよね。
そういうニュアンスが「萌え」だったのではないかと、今にして思います。

「架空の人物に対する恋愛感情」を吐露する際の、奇異な感じを緩和するために「萌え」という言葉が使われていたのだから、その「奇異な感じ」が世間的になくなってきたら、言葉自体も一線から引いていきますわな。

たとえ「萌え~!!」って、ひと昔前みたいに叫ぶことが奇異であっても、真剣に「ボクは、アニメのキャラに恋しています」って言うよりはマシだった。そういうことだったのではないかと。

・その2
さて、そこで完全なる後出しジャンケンになるのを承知で、「今、そこにあるオタクの危機」 第7回 オタク県・萌え地方の方言。2004/12/30について思ったことを書きたいんですが、

2004年当時、確かにこの文中にあるように、「萌え」について語っていた多くのオタクが外部、「萌え」なんてまったく理解できない層への説明を怠っていた、という事実はあると思います。
「ライト層を表している言葉だ」というのも、今でも正しいでしょう。
しかし、

(以下引用)

僕の認識を書いておくと、例えばオタクってのを含めた“文化全般”を一つの「国」だとした場合、オタクってのは「オタク県」なわけです。
 その中で「萌え」ってのは、そのオタク県にある「萌え地方」という地域の呼び名と、その地域で使われている方言のことでしかない。「○○弁」みたいなものですね。
 なのでオタク県民なら誰でも「ああ、萌え地方の言葉ね」で少しはわかる。
 しかしオタク県といっても広いので、「オレの住んでいる地域ではその方言は使われていないから、“そういう方言があるのは知っている”以上のことはわからない」って人もいる。
 ものすごく離れている地域の人にはその方言はもうわからない。

こういう入れ子構造というか……「文化全般」>「オタク県」>「萌え地方」というふうに、2008年の現在がなっているかというと、私にはちょっと疑問なんですよね。
(もちろん2004年から約3年経って、私が後出しジャンケンをしていることは百も承知です。)

現在、「萌え感覚の重要性」を標榜している人たちが、それほどわからない言語を使っているとも思えないし、

少なくとも「オタク」ではなくて「サブカル」方面の人も「萌え」という言葉を使うことがある。
文化全般には浸透していないとしても、です。

私は、これは立派な「文化の越境」だと思っています。具体的に言っちゃえば、杉作J太郎や、反発は感じているかもしれないけど映画秘宝関係の人々、それとサブカルや洋楽好きから現在のPerfumeみたいなユニットのアイドルヲタになった人たちは、「萌え」をほぼ正しく理解しているんじゃないですかね。

やはり「浸透と拡散」をしたんだと思うんです。
また「俺の嫁」の話になりますが、表現はよりミもフタもない方向に行っています(笑)。仲間うちでわけのわからないジャーゴンを語り合う、ということには少なくともなっていません(これは「萌え」を強調するのが基本的ライト層、ということともつながっているとは思いますが)。

・その3
で、私は「萌え」については自己アピールするとホントにいいこと書いてきているんですよ! ほとんど「共感します」って意見をもらったことないですけどね。

で、「今、そこにあるオタクの危機 第7回」について私が思うのは、
「『萌え』というのは、本質的にライト層のためにある言葉だった」ということです。

「『萌え』という概念を、ライト層が外部に向かって説明していない」という見方ではなく、私としては、「ライト層は、『萌え』という言葉を使うしかないからこそ、『萌え』と言い続けた」という見方で見て行きたい。

やっぱり、最初っからすっきり説明できるなら「萌え」っていう言葉は出てこなかったと思います。
そして「すっきり説明できない理由のひとつ」は、「架空の美少女に恋愛してます、っていきなり言ったら変だから」ということに尽きたのでは、と。

だから、少なくともオタク周辺のライト層、グレイゾーン、それにサブカル層あたりにまで「萌え」概念が浸透したら、あまり使われなくなっちゃった。

・その4
それとこれも繰り返しになりますが、「萌え」って言葉はオタクの「歴史的蓄積、知識の積み上げ」に対するアンチなんですよ。潜在意識の領域で。

「知識の積み上げ」で勝負したって上の世代に勝てるわけがないから、「萌え」っていう脱・歴史的な概念が生み出されたんです。ライト層のために。

「萌えの歴史」って、すごい面白いテーマなんだけど実はそれ自体が矛盾にもなっている。常に現在性というか時代(より正確に言えばオタクのトレンド。トレンドって死語か?)と不可分なのが「萌え」。
だって恋愛するときでも、「今、恋愛してます」っていうことと「自分の恋愛遍歴を語ること」とはぜんっぜん違う次元の話でしょ。それと同じで。

でも「萌えの歴史」は、やればぜったいに面白い。東浩紀は、何となく90年代初頭くらいまでしかさかのぼれないと思うから、少なくとも70年代までさかのぼれば、ものすごく面白いものが見えてくるはずです。

「戦闘美少女の前に、戦闘美女があった」というふうに言ったのは故・米沢さんでした。
米沢さんとは無関係の、あるテレビ番組では「萌え」のルーツを峰不二子あたりに求めていましたが、峰不二子がボンド・ガールを下敷きにしている以上、それよりさかのぼることは可能なんです。

おっと、それこそ「問題の一般化で、拡散だ」と言われそうですが、「架空の人物に恋をする」というところにまで広げて論じていかないと、「萌え」はいつまで経っても理解不能な言葉を「XやYで代替した」というだけのことになってしまいます。

かつて、「マンガの歴史は鳥獣戯画より始まる」というのは、マンガという新興文化をフォローするための便利な説明として使用され、最近ようやく正しい「マンガの歴史、起源」が研究されつつあります。
が、「萌え」はその逆で、90年代にとつじょ生まれた概念だと誤解されがちです。

「萌え」こそは、もうちょっと広いスパンで見ていく必要がある言葉でしょう。

・その5
もう一度繰り返すと、「萌え」ってのは、

・「恋愛的な感情」を表す言葉
・本質的にライト層のための言葉

なんですね。この場合の「ライト」というのは「知識が薄い」という意味ですが。

恋愛的な感情を表すための言葉だから、性欲、セックスにギリギリまで接近しても、それそのものを表す言葉ではないんですよ。

それそのものを表す言葉は、すでに別にあるんですね。男性向け創作のレビューなどで使われる言葉がそれにあたるでしょう。「抜ける」とか「実用性がある」とか。

同じことは「変態」概念に関しても言えて、
「架空の人物に恋愛感情を抱く」ということそのものが「変態」にカウントされてしまってときどきややこしくなるんですが、
あくまでも「恋愛感情」にすぎないから、「変態性欲」を表すツールではないんです。「萌え」って言葉は。

逆の言い方をすれば、過去のさまざまな「変態」の概念がハードすぎるために生まれた言葉だ、ということも言えるでしょうね。
だからこそ、過去のどんな「変態性欲」を表現する言葉も使われず、新しい言葉として生まれてきた、ということは言えると思います。

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