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【雑記】・「オタク差別の話」その2

ここの話の続き。

オタク第一世代の証言から(たけくまメモ)
(引用開始)
中森明夫氏が「おたくの研究」を書いた83年の春は、まさに絶好のタイミングだったですね。マイナーで先鋭的だった年長アニメファンたちが、自分たちのシマを荒らす薄くて大量の若いミーハー・ファンをどう呼ぼうかと思っていたところに「おたく」という言葉が出現した。それで、マニアがミーハーを馬鹿にして「おたく」がはやったのだというのが実情に近いですね。
(引用終わり)

私がここで書いた、「87年当時、先輩たちが『マニア』という言葉を使って嫌っていた」というのと、正反対ですね。
「ミーハーなのがバカにされていた」というんですから。


で、いくらなんでも話が真逆になってしまうと私がウソついてるみたいなので私なりに整理しますと、

まず87年当時、すでに「大学の文化系サークル」自体が「濃さ」という点では崩壊しかかっていたということがある。
83年頃の大学事情は知りませんが、87年当時は、私の行っていた大学ではなぜか文化系サークルなのにテニスサークルやシーズンスポーツ系のサークルのまねごとみたいな感じで、テニスをやったりコンパをやったりということがありましたし、コミケが急速に拡大していく最中で、「大学のサークル」に行って仲間を求めてることが切実な問題ではなくなっていた、ということがありますね。

だから、オタク的知識で言うと後輩より先輩の方が薄い、という状況も頻繁にあったと思います。

それともうひとつ重要でデリケートな問題として、「知識が同程度あるのに、やっぱり話が通じない」という連中が一定量存在してしまうんですよ。
この場合はミーハーだろうがマニアだろうがカンケイがなく、本当にただコミュニケーションが取れない連中が存在した。今でもそうですけど。

「ミーハー」という観点から言えば、やはり87年当時、すでにコミケでやおい同人誌を出している女の子が7、8人、大量に入部してきて、半年も経たないうちに集団で退部する、という事件がありまして、
彼女たちなんかは古典的マニアからすれば「ミーハー」ということになるんでしょうが、
今から考えると「腐女子」という立派にカテゴライズできる存在だったわけです。

また、前にもどこかに書きましたが「漫研に所属していなくても、同人誌即売会で仲間が得られる」という時代がとっくに来ていた、ということでもあります。

「ゲットー内ゲットーの軋轢」という観点から言えば、また別の角度としていわゆる「特撮三倍段、おもちゃ九倍段」の問題というのもあって、別にいじめがあったわけじゃないですが、特撮サークルに属してない特撮ファンのマニアっぷりにみんなが引いちゃったり、ってこともあったりもします。
「濃い、薄い」というより、趣向の違いですね。

二次元美少女、ロリコン趣味、あるいは鉄道マニアかどうか、なんてのもコミュニケーションギャップになっていた記憶があります。
まあ、ぶっちゃければ人間ってどんなときでもギャップがある動物ですが(乱暴にまとめる)。

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