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2008年1月

【雑記】・「オタク差別の話」その2

ここの話の続き。

オタク第一世代の証言から(たけくまメモ)
(引用開始)
中森明夫氏が「おたくの研究」を書いた83年の春は、まさに絶好のタイミングだったですね。マイナーで先鋭的だった年長アニメファンたちが、自分たちのシマを荒らす薄くて大量の若いミーハー・ファンをどう呼ぼうかと思っていたところに「おたく」という言葉が出現した。それで、マニアがミーハーを馬鹿にして「おたく」がはやったのだというのが実情に近いですね。
(引用終わり)

私がここで書いた、「87年当時、先輩たちが『マニア』という言葉を使って嫌っていた」というのと、正反対ですね。
「ミーハーなのがバカにされていた」というんですから。

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【映画】・「グミ・チョコレート・パイン」

公式ページ

監督・脚本:ケラリーノ・サンドロヴィッチ

大槻ケンヂ原作の青春小説の映画化。

2007年、38歳の中年男が会社をリストラされ、実家に帰ってくる。そこには転送されなかった彼への手紙が数通あった。
その手紙の中に、彼が高校時代に淡い恋心を抱いていた同級生の女性からの、二十数年ぶりの手紙が含まれており、しかも彼女は病気を苦に自殺していたのだった。
2007年と、そして時間をさかのぼって1986年の、彼と彼を取り巻く少年たちの、地味でやるせない青春を描く。

原作は、自分は「グミ編」しか読んでない。
「グミ編」に昔、感動しすぎて、そしてその後冷静になり、少し醒めた。
今回の映画は、ものすごい大傑作とは言いがたいが(理由は後述)、「若者が書く青春物語」にはない良さがあったことは確か。

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【雑記】・「大衆批判」って、別にお笑いの人けっこうやってますよ。

■[ラジオ] 【雑記】・「伊集院がエンタ批判を隠さなかったことで思い出したこと」 : ふぬけ共和国blog(昨日の風はどんなのだっけ?
(以下引用)
「大衆はアホだ」と言えないから「五味プロデューサー批判」に話を落とし込むというのは、賢いなあと思うけど、その賢さって自分はあんまり芸人さんからは聞きたくない気はする。
(引用終わり)

いやこの辺は、以前ダウンタウンの二人が文化人のだれか(名前忘れた)と対談したときのyoutube画像(探したけど見つからなかった。消された?)において、松本人志が、「大勢に受けるのが本当に面白いことじゃない。面白いことがわかる一定量の人間が面白いと思うことが、本当に面白いことだ」と言っていたのと同じことですよ。

あれは若い頃のダウンタウンの一生懸命さが見れたなかなか感動の画像だったけど、松本人志こそ、はっきりと「わからないやつはわからない方が悪い」というスタンスを掲げた人間であり、その後の影響も伊集院よりずっと大きくはないですか?
まあ、それこそが正面突破だと言われればそれまでですが。

他にも、談志家元が「落語はバカには理解できない」と言ったとか言わないとかっていう話も伝聞で聞いたことがありますし、別に伊集院だけがズルいわけではないと思いますが……。
まあ、それが関東芸人独特の嫌みったらしさだと言われたら、そのとおりですけどね。たけしにもそういう面はあると思うし。

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・「新感覚癒し系魔法少女ベホイミちゃん」(1) 氷川へきる(2007、スクウェア・エニックス)

Behoimi
[amazon]
月刊Gファンタジー連載。
これもV林田くんのオススメだったので読む。
ページを開いて、まず「しまった!!」と思った。これって「ぱにぽに」のスピンアウト作品なんだ……。しかも、たぶん時間軸が連動している本格的なスピンアウト作品。
私、「ぱにぽに」のことよく知らないんだよな……。

でも、当然わかんないところはわかんなかったけどマンガとしてのレベルはかなり高いんじゃないか。

私、「ぱにぽに」って1巻しか読んでなくて、その頃は「あずまんが大王の、エキセントリックなコピー」という印象しか残ってない。だけど、本作読んだら絵がすごくうまくなってるし、お話もなかなか盛り上げる。

マンガ家って、どこでどう化けるかわからんもんですな。それとも私の新人を観る目がないのか。

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【雑記】・「オタクに人格類型はあるか」

下のエントリに続いて、またこちらについての話題
イベント上の会話だったということで、真意がつかみづらいんですがいちおう、リンク先のテキストからすると、
「東浩紀は、オタクが差別されていることを前提としながらも、遺伝子で決定されているわけじゃないんだから。そんな人格類型があるのだろうか?」と疑問を呈した、というふうに考えてよござんすね?

それでですね、私は結論から言うと「オタクの人格類型」って強調されるほど、ないと実は思ってるんですよね。

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【雑記】・「オタク差別のはなし」

オタクはいつから差別されていたのか?(たけくまメモ)
興味深い話題。
私は自分のミクシィ日記で、「オタクは多くの場合、その歴史を当事者性というか、ぶっちゃけると自分語りのみでつい語ってしまうことが多い」と書いて、その舌の根もかわかぬうちになんですが、自分の頃の経験を書きます(笑)。

あ、たけくまさんが本当に意見を求めている「45歳~50歳くらいのオタク第一世代」では、私はありませんけどね。第二世代にあたります。

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・「サタニスター」(2)~(3) 三家本礼(2007、ぶんか社)

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月刊ホラーM連載。
「世界最強殺人鬼決定戦」に、さまざまな思惑で参加する殺人鬼とそうでない人たちを描く。

まあ、面白いことは面白いんだけど、まだ主人公のサタニスターが大活躍しているわけではないので、準備段階な感じが、ちょっとする。

こういうホラーをベースにした作品は、ホラーのお約束を破ろうとするものだけど、いわゆるジョジョみたいな「ファンタジーバトルもの」のお約束までをも裏切ろうとして、ギリギリのところで踏みとどまっている感じがする。

どういうことかというと、普通ファンタジーバトルものでは「一見弱そうなやつが強い」とか「戦いの中で成長をとげていく」とか、あるいは「人間はルサンチマンによって強くなる」などの法則がある。
が、それすらも裏切ろうとすると、最終的には「だれがどう戦って勝ってもどうでもよくなる」領域にまで行ってしまう。

本作はそこまでは言っていないけど、たとえばトラウマキャラを茶化すようなことを1巻でやっちゃっているから、2巻で殺人鬼・バルキリーの過去のトラウマが描かれても「えっ、こっちは茶化さないんだ……」とつい思ってしまうんですよね。
まあ3巻でわかった墓井田の過去は、ぶっとびすぎてて面白かったけど。

1巻の感想

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・「サタニスター」(1) 三家本礼(2006、ぶんか社)

Satanister
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月刊ホラーM連載。「悪魔に魂を貸した」シスター、サタニスターが凶悪な殺人鬼をブチ殺すスプラッター・アクション。
もう3巻くらいまで出てるけど、1巻の話。

同じ作者の作品「ゾンビ屋れい子」では、凶悪殺人犯「百合川」ってのが出てきてれい子と対決するが、本作でも「バルキリー」という美女殺人鬼が、サタニスター登場前に出ている。
たぶん、読みきりの形式で載ったものからだんだんお話を転がしているので、最初に殺人鬼・バルキリーの恐怖を描いた読みきりが載り、その後「サタニスター」が載ったんじゃないかと想像する。きちんと確かめてなくてすいません。

で、「百合川」も、確か少女専門の殺人鬼で、少女専門に狙ってるやつがなんでこんなに強いんだよ、というのはうまくごまかしていた。
けれけど、「バルキリー」って最初から相手の武器とかを奪っておいて殺人ゲームをする、っていう趣向の持ち主。それって自分が圧倒的有利な条件でないとゲームを楽しめないというサディストと見ていいと思うんだけど、
「そういうタイプの殺人鬼が、自分と対等に戦える相手と果たして戦うかなあ……?」という疑問が1巻の最後まで頭から離れなかった。

それに、そういうタイプの人間が、他の殺人鬼と(理由はあれど)仲良くしているというのも変だしなあ……と思った。

ここんところ、「殺人鬼同士を戦わせる」趣向のホラーでは本作に限らず出てきちゃう矛盾なんだけど。

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・「○本の住人」(2) kashmir(2007、芳文社)

Zyunin02
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まんがタイムきららMAX連載。
シュールな絵本作家のダメ兄を持つ小学生の少女・のりこと、その周辺のゆかいな仲間たちの行動を描いた4コママンガ。

絵が圧倒的にカワイイので人気が出ても当然ですな。
「百合星人ナオコサン」よりはおとなしいけど、それは掲載誌の性質とかなんかオトナの事情があるんでしょう。

1巻の感想

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・「五日性滅亡シンドローム」(1) ヤス(2007、芳文社)

Itsukasei
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「まんがタイムきらら」連載。「あと五日で世界が滅びる」という噂が町を席巻し、その噂に振り回されたり振り回されなかったりする少年少女を描いた、4コママンガ。

基本設定だけ聞くと「ゲッ、セカイ系かよ」と思ったが、読んでみるとなかなか面白い着地の仕方をしていた。
こういうのは、オジサンはぜったいに描けない。故意にやったのか偶然にやったのかもわからないんだけどね。

完全に予想で描くが、「あと五日で世界が滅びるという噂の世界で生きる少年少女たち」を、現代の皮膚感覚で描けるのは、(作者がいくつか知らないけど)若い世代なんだろう。「北斗の拳」的終末観を刷り込まれた私としては、この発想も、展開も、まったく思い浮かばないたぐいのことであった。

以下は、私が何となく連想したことなので読みたくない人は読まないでいいです。

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・「光の大社員」(1) OYSTER(オイスター)(2007、双葉社)

[amazon]
月刊まんがタウン連載。おもちゃ会社に就職した熱血新入社員の輝戸光を主人公に、会社のさまざまな変わり者の行動を描いた4コママンガ。

V林田くんのオススメだったので、買って読んでみる。

結論。けっこう面白かった。4、5本に1本、思わずクスリとしちゃう話が入ってますな。

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・「PLUTO(プルートウ)」(5) 手塚治虫、浦沢直樹(2007、小学館)

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フセインを思わせる男の描き方が絶妙だった。このままたたみかけていけば傑作になれる可能性はある。
変に引き伸ばそうという色気を作者が出したら、たぶんぐだぐだになるであろう(その可能性は、非常に高いと言わねばならない)。

4巻の感想

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・「PLUTO(プルートウ)」(4) 手塚治虫、浦沢直樹(2007、小学館)

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今頃読んだ。まあ、このあたりは鉄板だね。後は伏線をうまく回収できて、うまいおとしどころに持っていけるかどうか。
巻末の解説は、あんまりいらないな。すでに完結しているものの文庫化ならともかく、現在進行形の作品を評論しても意味は薄い気がする(村上知彦氏の文章は、そりゃうまくまとまってますけど)。

後は、天馬博士がかっこえーですね。

3巻の感想

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【ポエム】・「やっぱり出た! ピョウピョウ先生」

校長先生とピョウピョウ先生が、二人並んで土手に腰掛けていた。
二人とも体育座り。

空が、青い。雲が流れていく。

「ねえ」

校長先生が言った。

「ピョウピョウ先生ってさあ……教頭先生と違うの?」

またこの質問だ。
赴任先で、必ず聞かれる。
その答えは、いつも決まっている。

「教頭先生に、ピョウピョウは教えられないでしょ」

「ピョウピョウって……何?」

校長先生は仕方なく、聞いた。
そんな科目、聞いたこともない。

「ほら、あの雲、バナナのかたちに見えますね」

ピョウピョウ先生は話をそらす。
そんなに簡単に、ピョウピョウについて語れるならば、ピョウピョウが科目として成立するはずがない。

(日本のピョウピョウも、まだまだだな。)

そんな思いが、ある。

ピョウピョウ先生がピョウピョウに出会ったのは、世界を放浪していた二十代の頃だ。
荒れていた。

人の顔を見ては殴りつけていた。

そんなとき、ある酒場で、一人の小柄な老人がピョウピョウを披露していたのを、偶然目撃した。

あざやかだった。
すばらしかった。

心の澱んだ何かが、スーッと消えていくような、あざかやなピョウピョウであった。

その後、いわゆる「達者な」ピョウピョウ使いには何人も会ったが、あのような温かみを持ったピョウピョウを目撃したのは、あのとき一度きりであった。

その後、ピョウピョウ先生はピョウピョウの本場、ピョウピョウ王国にわたることになる。

ここで、ピョウピョウ寺で修行したり、ピョウピョウ王に会ったり、ピョウピョウ姫とのロマンスがあったりしたが、
それはまた別の話だ。

校長先生は、そんなことは何も知らない。
どうせ、またポテトチップについて考えているに違いない。

校長先生とピョウピョウ先生との間に、妙な空気が生まれていて、それを両者がもてあましているようでもあり、楽しんでいるようでもあった。

「こんなところで何をやってるんですか!」

教頭先生が現れた。

ここで若干の説明をくわえておく。
教頭とピョウピョウは、同じ起源を持つ。

西に伝播したものはピョウピョウとなり、
東に伝播し、日本に伝わったのが教頭である。

教頭先生という存在は、今でこそ日本で当たり前になっているが、
江戸時代には教頭派の農民が決起し、二万人が殺されたと言われている。

いずれ、教頭先生とは対決しなければなるまい。

ピョウピョウ先生は、決意をあらたにして振り向いた。

「いや、風が気持ちよかったもんで」

「もう……。授業が始まりますよ!」

教頭先生は叫んだ。
教頭先生は、ほとんど50年ぶりに日本にピョウピョウを持ち込んだピョウピョウ先生と自分が戦う、つまり、教頭とピョウピョウとがこの極東の島国において、50年ぶりに対決する、その重みをまだわかっていない。

ズボンのおしりについた草を手ではらって、校長先生とピョウピョウ先生は立ち上がった。

「あ、あの雲はりんごに見えるなあ」

ピョウピョウ先生は、土手から立ち去るときに、そう言った。
(完)

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・「ピューと吹く! ジャガー」(14) うすた京介(2008、集英社)

[amazon]
週刊少年ジャンプ連載のギャグマンガ。
いつものキャラが出る話はおんなじことの繰り返しで、まあだいたい予想がついてしまうんだが、ミラクルインタビュアー・菊野うま子の話と、でたらめな三国志の話が面白かったです。

13巻の感想

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【映画】・「スウィーニー・トッド フリート街の悪魔の理髪師」

公式ページ

監督:ティム・バートン。

15年前、ある判事に妻と子供を奪われ、無実の罪でどこかにやられていた理髪師が、名前を変えて復讐のためにロンドンに舞い戻る。

バートンの映画って基本的にぜんぶ同じで(深作欣二の映画がぜんぶ同じ、という文脈で同じ)、まず、エキセントリックな、世間からは白い目で見られるような人物が主人公。彼は自分が白眼視されることに悩み、悲しむが、どうして自分がそういう扱いを受けるのか、心の底では理解できていない(つまり、自分は間違っているとは思っていない)。
理解できていないから、主人公の世間に対する復讐は本当に容赦が無い。

……ということを繰り返し繰り返し、ずっと描き続けているのだよねこの人は。
「チャーリーとチョコレート工場」や「ビッグ・フィッシュ」では、その「世間から白い目で見られる自分」というのを「父親との確執」に置き換えて描いた。でもこの二作の主人公二人も、きっと心の奥底では自分のことが悪いとは思っていないだろう。「でも、親父も悪かったよ」って思っているだろう。

ティム・バートンの作品は、そこに乗り切れないとずっと乗り切れない。本作も、スウィーニー・トッドが陥れられて受けた仕打ちや、その後どうやってロンドンに舞い戻ってきたかなどの詳細が導入部でほとんど描かれていないから、「バートン的な主人公」に納得していないと物語に入っていけないのではないかと思う。

さらに、ロンドンに着いてすぐ、彼をひそかに愛していた未亡人のパイ屋の家に居候することになるが、ここら辺の経緯も詳しく書かれていない。

で、決め打ちしますが、バートンってオッパイ星人で、この未亡人がいいオッパイをしているということ以外に、トッドが彼女と一緒に暮らす理由がないんだよねえ。
「スリーピー・ホロウ」でも、女性がオッパイの上半分が出ているような服装をしていて、この時代の人たちはみんなこうなのかと思ったけど、でも撮り方がなー。やっぱりオッパイ星人の撮り方だよ。

そして、マザコン的でもある。未亡人と、トッドが意地悪理髪師から助け出してやった少年との関係が、ちょっと母子相姦的。んだから、女性から観たらこの映画、どう受け取られるかわからないけど、私から観るといつものバートン節。不条理な仕打ちを受けたアウトサイダーが、世間に見境なく復讐する話なのだった。

まあ、原作は古典らしいので、展開に意外性はほとんどないが不幸に見舞われた狂人の傲慢さを、うまい具合に「運命のいたずらで、だれもがみんな悲劇にみまわれる」という壮大なドラマに仕立てることに成功している、とは言える。

バートンは、たぶん基本的に「俺様が一番」と思っている人なので、主人公はラストで幸福になっても不幸になっても、本質的な違いはあまりないと思う。転生して、また別の映画で迫害され、別の映画で復讐するだけだからだ。
もちろん、それが魅力なんだけどね。

本作は、たぶん古典をきっちり描いていると思うので、「チャーリーとチョコレート工場」あたりから、もしかして「巨匠」に脱皮しようとしているのかな、とはちょっと思います。あくまでも、私の勝手な予想。

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【ポエム】・「今年流行るもの、それは校長先生」

校長先生はストリップが大好き
いつでも、どこでも、ストリップを想像している
でも、本物を観に行ったことはない
想像だけが楽しい

でも、そんな想像も、どこかからコンビーフの焼けるにおいがしてくると、消えてしまうんだ

その後は、コンビーフを食べる自分を想像する

でも、コンビーフもあまり食べたことは、ない
奥さんが出してくれないからだ

校長先生の奥さんは、キャベツが大好き
いつも、まるのままのキャベツを食卓に、出す

校長先生はだまってそれを食べる

肉も、魚も出ない

もちろんデザートも

ふと、「饅頭が食べてみたいな」と思うこともある

でも、それはかなわない

校長先生の小遣いは、月400円

月に一度だけ、週刊プレイボーイを買うのだけが、校長先生の楽しみだ

後は、何も無い

学校では、花壇に興味があることになっている

子供たちが、花壇を世話して、校長先生に見せに来る

「よく手入れしたね。だからこんなにきれいな花が咲いたんだ」

校長先生は、仕方なく言う。
子供たちは満足そうに戻っていく。

しかし、校長先生の精神的飢餓感は、癒えない。

校長先生は、妄想が趣味だ。
妄想には、金がかからないからだ。

今日も、妄想する
もうストリップの妄想はやめだ
これからは、もっと他のことを妄想しよう

そして思い出したのが、子供の頃に大事にとっておいたネジのことだった

あれは何のネジだったんだろう?

しばらく謎だった
インターネットで調べたことがある

なんてことのないネジだった

調べなければよかった
校長先生は後悔した

家に帰ると、奥さんが死んでいた

キャベツに埋もれて

校長先生はテレビをつけた
キャベツが反乱を起こしたのだ

校長先生は、ソファーに身体を沈みこませ、目をつぶった

コンビーフのにおいを想像した

キャベツと合うだろうか? と考えた

しかし、コンビーフの妄想はかき消されてしまった

ふと目を開けると、つけっぱなしのテレビにストリップが映っていたからだった

「みなさん、地球はキャベツの反乱によってもう終わりです。せめてストリップでも観て、最期を待ちましょう」

アナウンサーの声が入った。

チャンネルを変えると、男のストリップがやっていた。
「あっ、男のストリップだ」

そう思った瞬間、校長先生の後頭部にキャベツが体当たりした。
校長先生は倒れた。
(完)

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【雑記】・「くじら」(バーベキュースターシリーズじゃない方)

捕鯨問題は解決しないし、しちゃいけない。島国大和のど畜生
引用開始
>>という、なんかもーわざわざ書く俺バカじゃない?みたいな内容なんだけども。
引用終わり

いやいや、たいへん勉強になりました。
たまにこういう文章を読まないと、私も「捕鯨がかわいそうかかわいそうじゃないか」という議論に巻かれてしまうので。

で、私が今まで書いてきた立場としては、「捕鯨かわいそうと思っている人のエネルギーをどこへやるか」っていう問題になるんですよね。

利権の問題に特化させれば、「鯨かわいそう派」と「そうでもない派」が永遠に綱の引っ張り合いをして、その頭の上で利権の取り合いが行われてればいい、という構図なんだろうけども、
「鯨かわいそう」って言っている人と、(ここ数日、私が書いてきたことを合わせれば)江原某のことを信じている人間とはメンタリティの方向性が似通っている……と言いきっちゃうと乱暴だけど、
でも根底ではつながっている気がするんですね。

だから、まあ「鯨かわいそう」って言っている人は、何をどう説得されようが一定数以下は減らないと思うけど、
ただどこかでおとしどころを提示するという義務は、だれかにあるだろうと。ネットのどこかでだれかが言っているとは思いますが。

たまにテレビでやってる「矢のささった動物を救助するためにウン十人が投入されて大捕り物」みたいなこととも捕鯨問題は関連すると思いますが、もっとも対立点が明確になりやすい、炎上しやすいジャンルなんですよねえ。
だけれども、正直もう答えはでちゃってる問題だとも思います。
答えが出ちゃってる問題に、また重ねて議論してもめるという繰り返しですね。

これもいくつか前のエントリに書きましたが、痴漢行為でないレベルのセクハラ問題や、
ここんとこ何も書いてはいないけど学校での校則や体罰問題、
あと「テレビのお笑い芸人はレベルが低い」なんて議論も繰り返し出る話ではありますね。

と、いい結びが思いつかないまま終わります。

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【雑記】・「善意の捨て場」をつくる説

下のエントリを書いて思ったこと。
そうだ、「善意の捨て場」を、きちんとつくればいいのだ。

たとえば性欲を風俗やAV鑑賞で発散するように。
行き場のない善意なら、どこかで発散できるシステムをつくればいい。

「悪意」に関しては、みんなフィクションの世界に浸ることで解消したりするわけでしょ。
じゃあ善意も、同じように発散したらどうかなあ。

もちろん、暴論ではあるが。
それは承知の上ですよ。
いったん「善意の捨て場」を設定してしまうと、そこからいろんな問題が出てくるだろうけれども。

ただ、善意を抱くことそのものが「偽善」と言われてしまうような自体をどうにかしたいと思っているだけでね。

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【雑記】・「『偽善者問題』は終わらない」

readymade by いとうせいこう 2008/1/18
以下、引用。
「もし悪の衝動があるのなら、善の衝動もなければならない。
 私はここに『善のネーション』の設立を宣言する。」
引用終わり。

そう、悪の衝動があるなら、善の衝動もあるはずである。

でもそういうのって、ほとんどの場合「偽善者」って言われてしまう。
その問題の根は深い。

私の考える「偽善者問題」というのは、こうだ。

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【雑記】下のエントリへの補足

いちおう、下のエントリに補足しておきますと、
知り合いだったり、私が一方的に尊敬していたりする「懐疑主義的な考え方を持っている人」は、下のエントリで私が提示した疑問点にも、真摯に向き合っていると思います。

いろいろな方法があるとは思うんですけどね。

自分自身が、二本の足でしっかり地面に立った「近代人」であるということに矜持を持って発言、行動している人。
あるいは、人間の弱さを補完する「ファンタジー」として、ギリギリのところ、最後の最後のところで超常現象、不思議な現象を「信ずること」を「便宜的に」認めている人。

いろいろですよね。

ネット上で、会ったこともない人でも、単に「あるわけないじゃん」ってんじゃなしに、いろいろ考えている尊敬すべき人はたくさんいます。
それは強調しておきます。

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【雑記】・「江原某批判において大切なこと」

スピリチュアルな江原某の批判が、マスコミにおいてもぼちぼち始まってきている。
私は、以前彼をモデルにしたマンガの感想ではゆるめの疑問点を提示しておいた。
最近になって、ネット上でも議論がかまびすしいので、ちょい気になったことを書いておく。

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【雑記】・「伊集院がエンタ批判を隠さなかったことで思い出したこと」

実はいちばん興味深いのは、伊集院が五味一夫という人を公然と批判して嫌われてもかまわないんだ、と断言していいポジションのタレントである、ということなんだけども。
伊集院って「空気を読む」ことを異様に気にかけていると思うんで(ラジオでの暴言も、それをふまえた上でのものだと思うし)。自分はそういう政治判断にこそ興味が……まあいいか別に。自分にマネできることじゃない。

いちばんの問題は「エンタ」が視聴率を取っているということ。だれが「エンタ」の視聴率を上げているかというと、そりゃ一般大衆だよね。

だからいつも思うんだけど、本当はだれが悪いかというと大衆が悪いの。五味プロデューサーじゃなくて。

西部邁が「大衆への反逆」を書いたのが1983年で、自分が読んだのがその5年後くらいだったけど、

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【雑記】・「このブログは、私の心のごみ捨て場です。他の人のことは知らん。」

裸祭りポスター:JR東が「待った」…女性が不快感

広末の「ブラジャーが…」CM 消費者から「不快」指摘で変更

もう日本は終わりかもな……。
こういう騒動、昔から繰り返しあるわけだけど、
「正解」があるはずなんですよ本質論的な。

たとえば、一人が不快と言ったらその意見が通るのか。二人なら通るのか。三人なら……と考えてみる。
「受け手が不快と言ったら、送り手の出したものを取り下げるべきである」という変なルールみたいなものは、つくられるべきではない。

最近思うが、「不快な文言とかビジュアル」というのは、それだけの理由で存在が消されるべきではない。

ただし、不快なものを「不快だ」という権利は、もちろんある。

私は「ぼくらの」というアニメを、あらすじを聞いただけで気分が悪くなって、金輪際観ようとは思わないけど、
「ぼくらの」をだれかが観る権利は、当然あると思う。っていうか、みんなどんどん観ればいい。

どっちも「意見」なんだから、両方並び立つようにはならないもんか?

なんでこういうことを書くかと言うと、「不快なもの」が完全に抹消されてしまうと、次の段階で「どういうことが不快だったか」ということがわからなくなってしまうという面があるから。

たいてい、こういう騒動が繰り返し起こるというのは、構造的な問題がどこかにあるということだから、現場レベルではなかなかむずかしいと思いますけどね。

それともうひとつ、注意しておかないといけないのは、
「エロ」に関する事情が変わってきているということ。
これはとくに、私みたいに「いちいち自主規制とか、ふざけんじゃねー」と思っている人こそ、認識しておくべきだと思う。
規制を求める側が、「エロ」をとりまく状況の変化を盾に主張をしたときに太刀打ちできなくなるからだ。

たとえば、ネットなどでも「エロ」、「ハダカ」自体は異様なまでに気軽に観られるようになった。
その点は、ネットが発達する前と事情が違う。

だから、「規制しろ」と言っている側は、「こんなにエロがあふれていて、まだエロいことしたいのか」という意識があるかもしれない。

まあ、そこから先は各自考えてください。

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【雑記】・「急に、プロジェクトXのことを思い出してみる」

98年頃からの10年間を観てみると、やはり趣味の状況としてはポストモダ~ン的になっていると感じざるをえませんねえ。
どういうことかというと、「中心」がなくなっているということ。
巨人、大鵬、卵焼きみたいな。
あるいは、力道山や美空ひばり、黒沢あきら、手塚治虫といった「中心」、カリスマがとっくの昔にいなくなっている。

「中心がなくなった」ことの象徴的出来事としては、私は「プロジェクトX」のヒットがあると思う。
調べたら2000年から、5年間やってるんだね。
あの番組、ふだんはテレビを観てない人でもファンになっていて、それまで共通の話題がなかった人との話題になったことが思い出される。

で、2000年というと98年がCD売り上げのピークでそこから下がってきて、インターネットが流行りだすのもその頃くらいからでしょ? パソコンに興味の薄い私がホームページ始めたのが99年だから。

「プロジェクトX」の特徴は、特定の出来事に関して、一人のヒーローやカリスマ的な存在を求めるのではなく、「プロジェクト」を中心にして、その要所要所にどういうキーパーソンがいたか、という見方をしたことにある。
これは非常に画期的な視点だった(ノンフィクションの書籍ではすでに普通の方法だったかもしれないが)。

それは放送された当時、すでにヒーローやカリスマを待望するのではなく、今、ここにいる自分たちでやれよっていうメッセージになっていたと思う。もう、中心はないんだと。

一方で「高度成長期の肯定」を大規模に行ったということもこの番組がメルクマールになる理由だ。
80年代から90年代初頭までは、「高度成長期の否定」が多くのエンターテインメントでテーマだったように思うからだ。

80年代にはよく、「海外には日本製品の優秀さは伝わっているが文化は伝わっていない」と言われ、その製品に携わる人間の顔が見えないともよく言われた。
逆に、そうした批判が80年代の「個性尊重の時代」を肯定する道具になっていたわけなんだけども、

「プロジェクトX」は「日本人の顔のなさ」は「プロジェクトという開発・生産工程の変化」が理由であるとし、その奥の人々の顔を描こうとした。だから支持された。

この「高度成長期の肯定」は、単に時期的な部分もあったんだろう。その時代を懐かしむことのできる人間が送り手になり、受け手になったということもあるんだろうけど。

しかし、プロジェクトXがあって、その後の昭和30年代レトロブームがあると考えると順番としてしっくり来る。

もっとも、そんな「プロジェクトX」も後には「プロジェクト内の顔探し」をしているんだということが視聴者側に読めてしまったことや、
「上司に隠れてやったことが大成功」なんて事例が積み重なって、日本の企業体質がそもそも斬新な意見を普通に受け入れるシステムにないことを逆に証明しちゃったりして、陳腐化するわけなんだけれども。

それと、「すぐれた製品」とか「すばらしいサービス」というものがかつては普通に可視のものであり、
今後はそうじゃなくなってくるかもよ、という不安をかき立てる番組でもあった気がする。

えーと、何を書こうと思ったんだっけかな。

自分は95、96年あたりで日本はすごく大きな変化を迎えたと思っていて、
その後どうなるかというのを考えていたんだけども、
「劇的変化」ではなく、「5年、6年かけて気づいたらそうとう変わってた。変化がないことが変化だった」と言うことになるんではないか、ということを仮説のひとつとしてあげておきます。
「プロジェクトX」が5年も続いている、ってことも、それを証明するような気がするんだよね。
あの番組が続いている間に、どんどん世の中が変わっていった、っていうことで。

最終回の頃にはネットが全盛になっている。で、もう2005年以降は、「今まで知られていなかった蓄積された情報」を、ぜんぶ総ざらいして見せて人々を驚かせる、というタイプのエンターテインメントはなくなってしまうんじゃないか、という気がする。

少なくとも、90年代前半のネットが流行る直前くらいまでの出来事が、みんなが興味を引くような視点から提示される、ということがないかぎりはそういうのは流行らなくなるかもしれない。

ヨタ話おわり。

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【雑記】・「CDの売り上げのピークは1998年」

1999年以降、「流行」は流行っていない。better
なるほどね~と思った。まあ本当に「分衆の時代」が到来したってことですかね。

それがどの程度の規模のことかわからないし、商売してる人たちにとってはその規模こそが重要なんだろうけども。
「人が趣味によって分断される」ってのも、ある程度そのとおりなんだろう。

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【雑記】・「映画ジャガーさんばなし続き」

ネットで感想をざっと観ると「最初の10分はよかったけど……」という評がチラホラあったけど、私は最初の10分でも心配になりました。

というのは、映画内のテレビニュースで「珍笛」についての解説を大学教授がするんだけど、それが「つんぶえ、つんぶえ」と言って、すごい方言があるという設定なんですよ。
で、とくにその「方言がきつい」という設定は、後の展開に何も関係ありません。

冒頭は世界観を説明するだけでいいんだから、そんな聞き取りにくい方言にしたらダメだと思う。
まあ、「どうせ原作知ってる人間しか観に来ないだろう」と思ってやったのかもしれないけど、なんか悪慣れしている感じでイヤでしたね。

テレビでずっと前にびびる大木が言っていた「欲しがりすぎ」って言葉を思い出しました。
なるべく、芸人さん用語を知ったふうに使わないようにはしてるんですが、「天丼」とともに、この「欲しがりすぎ」という言葉は便利だと思う。検索したらぜんぜん広まっていないみたいだけど。

要するに、映画「ピューと吹く! ジャガー」は、「欲しがりすぎな映画」だということです。
もしかしたら、テレビバラエティの分野では普通に見える演出なのかもしれない。
しかし、それが映画になると過剰になってしまう。

それにしても自分は、お笑いやってる監督と脚本家にお笑い的な「ここがダメだと思う」ってコトを書くのか……。

でも本心だからしょうがない。

「M-1グランプリ」で、「1回でもかんだら終わり、1秒テンポが速かったら負け」みたいな勝負がテレビで展開されている現在、のんびり、まったりやるお笑いも絶対に必要だし、それはまたフィールドが違う。
けれども、つくり込んだことができる「映画」という場では、やはりもっともっとタイトな演出を観客が要求しても罰は当たらないでしょう。

とにかく前回も書いたけど、小劇団出身か、あるいはその影響を受けた人たちは、「笑い」において一度自分の立ち位置を考え直した方がいい。
メジャーシーンが笑いについてヌルく、マイナーシーンが濃いお笑いをやっている、とは必ずしも言いがたい状況になっているということは認識すべきだと思います。

今や、二十代の人たちだって普通に地上波で「夢で逢えたら」とか「ごっつええ感じ」を通過して今があるわけですよ。「ごっつ」は確か小劇団出身のディレクターがいて、たぶんそっちに明るい作家がいて、それを日曜の8時台にやってて、今観ても面白いわけですよね(逆に言えば、数年前復活したときには思ったほど視聴率が上がらなかったということもある)。

そういう時代を踏まえないと、「自分たちのフィールドでやっていることが最先端で、ものすごくて、それは場を移しても通用する」と思ったら、それは甘いと私は思います。

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【映画】・「ピューと吹く!ジャガー THE MOVIE」

公式ページ

監督:マッコイ斉藤、脚本:オークラ

何十億円もするという、黄金でできた珍笛「ルイ14世の長っ鼻」をめぐる、ジャガーさんや悪人っぽい人たちとの争奪戦。

うーーーーーーーーん、評価がむずかしいですね。
真っ先に書いておきたいのは、要潤(ジャガーさん役)の新しい魅力を引き出したこと。要潤はコメディもできる、ということを知らしめたこと。そのことだけは書いておきたい。

後は……。

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【雑記】・「無題2」

また若い衆のブログやら日記やらを読んでいて、死にたくなった。
正直、ぜんぜん面白くない。
いや、もちろん中にはすごい人もいるけど。

こっちも観なけりゃいいんだけど、「今の若者が何を考えているのか」知りたいのでつい読んでしまう。
そして失望する。

さらに絶望的なのは、若い人の多くが私の説明とか忠告とかをひとつも聞いてくれないこと。
まあ、そこがいちばんの絶望ポイントだよね。

けっきょくは自分の問題なのだ。

あ、でも予言めいたことを書きますが、
本当の意味で「マンガレビュー」や「評論」が面白くなってくるのはこれからだと思う。
それだけは、自分は希望を持っている。

マンガと言うジャンルは、無意識に「日本独自のもの」であり「戦後文化」だと思われているところに、他ジャンルと違う特徴がある。
今まで、それさえほとんど無自覚に来ていた。

時間が経たなければ解決されない問題もあった。

たとえば、ヘンな話、手塚と梶原が存命していたら二人の比較論などが簡単にできたか? というと、
少なくとも商業出版レベルではむずかしかったんじゃないかと思う。

今後、マンガ評論やレビューはさまざまな呪縛から解き放たれる。
そのとき、今のマンガ評論をやっている人たちの仕事のひとつひとつが、複合的に生きてくる。

それだけは言えます(希望を持ったオチだ。めずらしく)。

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【雑記】・「無題」

いろいろとネットウロウロしていたら死にたくなった。

数年前のテキストサイト間のトラブルとか。とっくの昔に収束してるんだけど。
そういうのって、終わってから知るとホント空しいですよね……。「人間はなぜ争うのでしょう」みたいに。鉄腕アトムみたいなことを考えた。

で、今頃になって、思ったことを書こうかと考えたけど、やめた。
それに対するレスに返すのが、めんどくさい。コメント欄閉じてるけど。

……あ、今、「やめたと言いつつ書くけど」っつって書きそうになっちゃった。
やっぱりやめるけど。

昨年、情報交換度人間の私は「ゴリラ」、「ネアンデルタール人」、「ハンモック」が流行すると予言し、みごとに的中させた。

今年は……? と聞かれて思い浮かばなかったのだが、とりあえず思いつくのは、

・「ひげとうさん」
今年は、昔ペンションによくいたゆかいなおじさん「ひげとうさん」が流行ります。
でも、「ひげとうさん」、「ひげ父さん」、「ヒゲトーサン」、どれで検索してもけっこう出てくるから、つまんなくなっちゃった。

・「こうやどうふ」
こうやどうふが大ブーム! 理由は謎。

・「チアガールが右手と左手、両方に地球儀を持って踊るのが大流行」
今、適当に思いつきました。

・「むずかしい文学を読むのが流行」
とくに、私の書くむずかしい文学「難解とは?」が、なんかの賞を取ります。
これから書きます。

・「2ちゃんねるが大流行」
もう、流行ってます。てへ。

・「おやじギャル」

・「ハイパーヨーヨー」

・「どんだけ~」

・「なんとかですからー!! 残念!!」

・「鉢巻して受験する小学生の親に、問答無用でタックルをかます」

・「テレビのバラエティで、スタッフが大声で笑うのが流行ります」

・子供たちの間で、キン消しが流行る

・プッチンプリンヲをあえてプッチンしないで食べる

・ディスカバー・ジャパン

・メイド喫茶

・執事喫茶

・羊喫茶

・紅茶の出ない喫茶店

・水しか出ない喫茶店

・水も出ない喫茶店

・屋根もない喫茶店

・壁もない喫茶店

・うわー!

・ひゃー

・ほえー

ドンドコボンボンバンベンバン
バンボロベンボロボンボンビン
ボンバラベンバンボンバンビン




















ピギャー
(完)

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・「赤いトナカイ」 石森章太郎(1976、朝日ソノラマ)

Akaitonakai
[amazon]
1962~63年、中一コース連載。
ある地方都市。あやしげな男が、「赤いトナカイに乗った使者が来たとき、地球は滅亡する」といったようなことを予言する。右往左往する人も、くだらないと言ってとりあわない人もいる。
一方で、千太と万里は空飛ぶ円盤を目撃する。
果たして「赤いトナカイ」の予言は本当なのだろうか……?

てっきり「ノストラダムスの大予言」ネタだと思っていたら、62~63年連載ですよ!!(「ノストラダムスの大予言」が73年刊行だから10年も前)
本作が面白いのは、インチキ予言に翻弄される人を描きつつ、本当に地球滅亡の危機がおとずれてしまう、っていうことだろうね。
その辺の混乱がうまく描かれている。

ああ、東西の核戦争による混乱を描いた東宝の映画「世界大戦争」[amazon]が1961年公開か。それを考えるとピッタリ来ますね。「世界が終わるかも」って、戦後15年くらいでもうみんな思っていた、ということなんだよなあ。

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・「キューティーハニー 天女伝説」全9巻 永井豪&ダイナミックプロ(2001~2004、双葉社)

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週刊漫画アクション連載。
2005年あたりの近未来、警察から委託されて事件を解決するマッチョでセクシーな女探偵・早見青子と、その部下のか弱い少年・羽生久士には、ピンチになるとかけつけてくれる存在があった。
それがキューティーハニー。パンサークローとの戦いは、永遠に続くのか。

コンビニコミックで傑作選が出たので、全部読みたくなってネット古書店で買ってしまった。

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・「タムくんとイープン」 ウィスット・ポンニミット(2007、新潮社)

Tamukunto
[amazon]
タイ人のマンガ家による短編集。ちなみにタムくん」は作者の愛称、「イープン」はタイ語で日本のことらしい。

日本のマンガに多大な影響を受けつつ、日本のマンガ家にはない素朴さとストレートさで心に訴えかけてくる作風。
人の波や日常に流されそうになる「川」や「鳥」、「本屋さん」という作品は、テーマがはっきりしているためか70年代の「COM」に載るようなアート系の作品を彷彿とさせる。

「お宅」は、日本の児童マンガの影響を取り入れつつ、大人が読む作品になっていて不思議かつ、日本人にとっては微笑ましいテイスト。

「バルーン」という作品は、「ドラえもん」への直接的ではないオマージュだが、こんなに美しい「ドラえもん」へのオマージュ作品はそうそう描けるものじゃない。なんだか泣けます。

参考:
・「everybodyeverything」 ウィスット・ポンニミット(2005、マガジン・ファイブ)感想

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・「帽子の下の煙」 ウィスット・ポンニミット(2007、マガジン・ファイブ)

Boushi
[amazon]
都会を孤独に(精神的に孤独に)ひたひたと生きる男女の出会いとズレと出会いを描いた、タイ人のマンガ家によるマンガ。
刊行年月日は昨年だが、タイで刊行されたのは2003年。作者の初期作品。

後年のカワイイ感じがありつつも、「IKKI」に載るようなテイストのマンガになっている(実際、後に「IKKI」で連載を始めているらしいけれど)。

参考:
・「everybodyeverything」 ウィスット・ポンニミット(2005、マガジン・ファイブ)感想

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・「サイカチ 全国大会闘虫地獄編」 藤見泰高、カミムラ晋作(2007、月刊チャンピオンRED8月号、別冊付録)

Saikachi002
[amazon]
週刊少年チャンピオンで連載されていた昆虫相撲マンガ「サイカチ」の、単行本未収録部分を編集した別冊付録。8月号の付録を今頃読んだ(アマゾンではバックナンバーが買えるもよう。↑)
これで、「1巻だけ単行本化されてしりきれトンボで終わり」という事態は避けられた。

「サイカチ」は、好きなマンガだったがまさかかなり早期に終了してしかも単行本の続きが出ないとは思ってもいなかったので、大いに助かった。
この別冊付録の企画に携わった人たちには敬意を表したい。

ひとつだけ、だれでも思っていることではあろうが、この付録に「サイカチ」の単行本未収録部分がすべて入っているわけではない。記憶だけで書いて申し訳ないが、確か流輝やアマミなどのライバルたちと組んで、いよいよ団体戦か……というところで終わっていたはず。

さすがにそれらをすべて収録した何かを出してほしい、というのはワガママか……。国会図書館へ行くしかないかな。

#自分メモ:指揮者が出てる!!

1巻の感想

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【イベント】・「私の人生を変えた一冊のマンガ」

いよいよ今日です。
仕事始めでバタバタしている頃かと思いますが、よろしくお願いします。

面白漫画倶楽部新春スペシャル
「私の人生を変えた一冊の漫画」

早くも伝説となった『触手ナイト』から一ヶ月半…面白漫画倶楽部の精鋭たちが再びネイキッドに集結する!新年一発目の今回は、メンバーそれぞれの人格形成に大きな影響を及ぼした『心の一冊』について。いつもと違った、もしくはいつも通りでしかない各人の個性が光る。
【出演】鶴岡法斎、面白漫画倶楽部メンバー 他

2008/1/7(月)
OPEN18:30/START19:30
予約/当日¥1,200(+1drinkから)

電話予約はNakedLoftにて受付中。

【問】Naked Loft:03-3205-1556 (16:30~24:00)

面白漫画倶楽部ミクシィコミュ

面白漫画倶楽部ブログ

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・「銀河宅配便マグロ」(2) おおひなたごう(2007、エンターブレイン)

Ginga02
[amazon]

ギャグマンガ。あいかわらず面白いです。
巻末のうすた京介との対談で、「数年前、劇画村塾に通ってた」っていう話にはかなり驚かされた。しかし、うすた京介も対談の中で言っているように「瞬発力だけで笑わせるマンガ」ってのはたぶん作者を消耗させるものだと思うので、ストーリー中心にシフトしていくのはいいことなんじゃないかと思いました。

関係ない話ですが、おおひなたごうの単行本は、おまけがつくのはいいけどちょっと多すぎると思います。字が小さかったりして読みきれない……。

1巻の感想

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【雑記】・「萌え」ってのは、大事な何かをそぎ落として成立しているのかもなあ……

萌えとは、緊張の緩和である

萌えとは、人の業の肯定である

自分は、お笑い論になぞらえて言うなら「萌え」ってのは水道橋博士がどこかで言っていた「世間一般では『負け』であることが、お笑いにおいてはそれだけでは終わらない」という一種の価値の逆転が近いんじゃないかと思っています(そういう意味では緊張→緩和、に近いか)。


どういうことかというと、「セックス史上主義」を回避しているわけでしょ、「萌え」ってのは。それはセックスを描いているエロゲーとかにおいても。
それは世間一般からすると「負け」になっちゃうんだよね。でも「萌え」においては、シチュエーションによっては美少女からセックスを拒否されることすら「萌え」につながる。
そんなような意味で、書きました。

ちょっと検索したんだけど、かっこよく格言みたいになってるわけじゃなくて、さらに水道橋博士発言としてのソースも見つからなかったのでこれ以上そっちには話を進めませんが。

それとはぜんぜんカンケイない文脈でマジ書きしてみると、
「萌え」ってのはぶっちゃければカワイイもの至上主義なわけでしょ。
「グロテスクな怪物が萌え~」って使い方も、まああるにはありますがそれは広げすぎだから。

「カワイイもの」以外は、切り捨てられちゃうってことなんだよね。

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・「キューティーハニー 天女伝説スペシャル 決闘!パンサー魔女軍団編」 永井豪&ダイナミックプロ(2008、セブン&ワイ出版)

Honeytenyoketto
天女降臨編と合わせて出たコンビニコミック。

パンサークローの魔女軍団が登場。「天女降臨編」よりはお色気度は強めである。
パンサークローが前面に出てきたこともあり、ハニーの出番は増えている。
それにしても、「女(青子)を助ける女(ハニー)」というのに不思議な感じがしたが、本書ではラブリーエンジェル(永井豪の別作品に登場する伝説のソープ嬢)が登場し、ハニーを癒してしまう!
そして、同人ネタにすぎなかった「実はハニーを愛しているシスター・ジル」という設定が前面に出ており、オリジナルの「ハニー」では「男は脇役、女と女の戦い」にとどまっていたものが、「女と女の愛情」が描かれるというのは何か意味があるのだろうか?

……まあ、コンビニコミックで抜粋のなので、全部を読んでない私には何とも言えないのだが。

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・「キューティーハニー 天女伝説スペシャル 天女降臨編」 永井豪&ダイナミックプロ(2008、セブン&ワイ出版)

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週刊漫画アクションに連載されていた「キューティーハニー天女伝説」のコンビニコミック版。2001~2003年に連載されていた。
本作の特徴は、何といっても「早見青子」というマッチョセクシー美女探偵の活躍が中心で、ハニーはあくまで青子がピンチのときに助けに来る、という設定になっていること。
このことによって、オリジナルにあった「勇敢だがとてもじゃないがパンサークローには対抗できない男たち」(早見青児など)」と、一見か弱いが実はアンドロイドである美少女ハニー、というコントラストを放棄し、「女を女が助ける」という不思議な構図になっている。

永井豪作品、緻密に追いかけているわけではないが「探偵事務所H・G」といい、「刃」でやっている若き日の金四郎の話「金四郎無頼桜」といい、探偵ドラマ仕立てのものが多いので本当は早見青子について描きたかったのかもしれないとも思うが、よくわからない。

まあ、実は通して読んでないので本書だけではなんとも言えないんですよ。

これは伊藤伸平のコミカライズの完全版ですね。→[amazon]

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・「ホピ族だけが知っていた!! 古代人類史の真実」(2007、竹書房)

コンビニコミック。複数の人が作画を担当。

浅川嘉富という人の著作がもとになっているらしい。こんなのとかかな。
著書ではもう少しオリジナリティのあることを主張しているのかもしれんが、本書の基本構想は「神々の指紋」的な、時間も空間も隔たった地域の古代文明が同一の指導者によってつくられた……というもので、プロットとして目新しいところは私としてはあまりなかった。

「ホピ族」とはネイティブ・アメリカンの一部族で、フランク・ウォーターズという人の「ホピ 宇宙からの聖書」
[amazon]が元ネタらしい。

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・「背筋が凍る心霊怪奇伝説スペシャル」 千之ナイフ、呪みちる、空路、野口千里(2007、日本文芸社)

コンビニコミック。

千之ナイフ:オーソドックスな怪談。この作者独特の、なんとなく身体弱そうな美少女キャラは健在。

呪みちる:「怪奇」に「幻想」がかなりまぶしてある。良かった。

空路:どちらかというと因果応報的な内容が多い。

野口千里:因果応報というより、教訓話、お説教っぽい話が多い。

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・「驚愕!! 超常怪奇事件FILE」(2008、学研)

コンビニコミック。
エイリアン・アブダクション、生まれ変わり、スフィンクスとアトランティス、人体自然発火、月宇宙船説、河童の正体、について描かれたアンソロジー。ムーコミックス。

ムー関係のマンガはいつも全体的に、普通。この本では「月宇宙船説」が、あまりのバカバカしさに逆に関心してしまった。河童の正体について描いた「謎の正体 河童」の作画は、帯ひろ志。

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・「実録 八つ墓村 惨劇の『津山三十人殺し』」 原作:石川清、作画:さいとうしげき(2008、ミリオン出版)

コンビニコミック。
「津山三十人殺し」についてのコミカライズ。私はこの事件をもとにした「八つ墓村」さえ読んでないし映画も観てない。ただ映画の「丑三つの村」には衝撃を受けた。
で、「丑三つの村」と実録の微妙な違いが興味深かった。

なお、巻末の解説は田野邊尚人の「丑三つの村」に関する記事で、これはポイント高い(まあ、「映画秘宝」に載っていた田野邊氏の記事と似たような感じではあったが)。
「大量殺人者」を「スプリー・キラー」というそうだ。ひとつ勉強になった。

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・「実録 アイドルキラー列伝」原作:阿蘭澄史(2008、宙出版)

コンビニコミック。
女優やアイドルを食いまくる「サオ師」タレントたちについて描いたアンソロジー。
特筆すべきは、ここにも出てきた羽賀研二!! ってこと。もう5000回くらい観たよ、羽賀研二の転落人生マンガ。

しかし描いているのが前田俊夫だ、っていうところはちょっと面白いかもしれない。

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・「実録 消えたアイドルを追え」原作:阿蘭澄史(2008、宙出版)

コンビニコミック。
取り上げられているのはモーニング娘。、加護亜依、ジャニーズ系、山口百恵、AVに転身したタレントたち、古いところでは克美しげるなどいろいろ。
また出てきたよ羽賀研二!! もう5000回くらい観たよ、羽賀研二の転落人生のマンガ(次点、田代まさし)。

全体的に、まあ普通。

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【雑記】・「レビューの画像使用について」

画像を使った漫画レビューについて(近代麻雀漫画生活)

コンビニ化する漫画感想ブログ(実家警備員blog@パイナポー )

画像を使った漫画レビューについて、への反応(漫画は1日3~4時間)

コンビニ→灯台(ロリータハッピーウィングな日々)

ん~と、リンクをたどっていったので「画像を大量に使用したマンガレビューについて」、肯定的、もしくは条件付きで肯定的なところが多いのかな。

以下はネット上のレビューにおいては、あまり画像を使わない私の意見です。

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【雑記】・「何を知るべきか、知る必要が無いか」

最近は、オタクでもサブカルでもインテリでもギャルでも、何でもいいがそういうある種のカテゴライズされた人たちが「何を知っているべきだと思っているか」よりも「何を知る必要がないと思っているか」という方に、何となく興味がある。
まあ、わざわざ問いただしたりはしないわけだけど。

たとえば山本夏彦は「飛行機事故のニュースは、いつも同じである」(→だから見る必要はない、ということか?)と言ったらしい。
そこには、情報の取捨選択がある。

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【音楽】・「イカ天特番」

正式名称忘れた。大晦日の夜にやっていたはず。

「イカ天」に関しては、CDも買ったし、「消えた!? イカ天バンド」という本も読んだし、ネットで思い出しては検索してみたりといったことをしているので、とりたてて懐かしくもなんともなかった(40歳の相原勇が美貌を維持していることに、いちばん驚かされた)。

番組としては、ユーチューブなどで観る「当時のイカ天」の、当時からしてのダサさと80年代後半特有のダメさ加減を見事に消臭していて、そっちの方が興味深かったりした。

まあ、音楽ファンには音楽ファンの視点があるんだろうけど、「バラエティ番組」として観ていた私が「イカ天」について私見を書いてみたい(あ、今回の特番のことじゃなくて、当時の「イカ天」のことね)。

前書いたっけかな? 忘れた。

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【雑記】正月

自分は正月と日常とのギャップに愚弄されている気がする。
クリスマスよりも、そう思う。

とりあえず、あけおめ。
今年もよろしく。

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