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【雑記】・「史上最大の愚問・紅白歌合戦は是か非か」

今日の昼間、床屋に行ったらテレビで確か小倉なんとか氏が「紅白歌合戦は日本の文化か?」というテーマでいろいろやっていた。

これが、おそろしくクダラナイ内容だったので死にそうになった。

そもそも、「紅白歌合戦」の歌手選考の是非などについては、私が小学生の頃から視聴者から新聞などに文句が寄せられてきていた。

それらについて、時代性や、流行歌・歌謡界の変遷などを順を追って観ていかないかぎり、「紅白は日本の文化か?」などというザックリした問題定義は成立のしようがない。

たとえるなら、「日本人にとって宗教とは何か?」くらい漠然とした問題定義と言えるだろう。

で、私は歌謡界だの何だのには疎いんだが、今非常にイライラしているので思ったことを書く。

紅白歌合戦に関して、ここ20年くらい言われてきた批判には以下のようなものがあると思う。

・ジャリタレばっかり歌わせるな!
・派手な衣装でショー化しすぎ!
・もっとじっくり歌が聞きたいのに、チャラチャラしたやつしか出てこない。
・日本人全体が歌える歌が少なくなって、寂しい。
・「紅白」という権威を維持するためだけに続けているように思える。

……などなど。

私の記憶では、最初の段階で紅白にまとまった批判が、サブカルチャー側から寄せられたのが80年代後半である。

それ以前は、むしろメインカルチャーの信奉者からの批判の方が多かったと思う。
たとえば、何度も書いているが「題名のない音楽会」での、紅白出場歌手の歌をオペラ歌手などに歌わせるというグロテスクな企画だ。
まあ同じ歌を歌わせて、「オペラ歌手の方が上」とやりたかったのだろうが、いまだにその感覚のズレっぷりには軽い吐き気すら覚える。

まあ、そういうのをブラック・ジョークだと思っているようなスノッブな人間は、ミシュランの三ツ星にでも踊らされていりゃあいい。私には関係ない。

さて、「サブカルチャー側からの批判」というのはどういうことかというと、簡単に言えば「もう分衆の時代なのに、何やってんの」ということであった。
80年代後半当時のサブカルチャー信奉者にとって、「紅白」というのは地元の地縁・血縁の象徴でしかなかった。
確かこの頃から「紅白を蹴る」こともカッコいいという時代になっていったのではなかったか。

話は飛ぶが、「クリスチャンでもないのに、何やってやがる」と思われる「恋人同士がクリスマスを祝う習慣」だが、
これは日本の若者が、地縁・血縁関係とは切り離されたところで、新しいコミュニティ(その最小単位は恋人関係)で、人間以上の何かを祝いたい、という欲望から来ているものと推察される。

つまり、クリスチャンには悪いがクリスマスとは、日本の若者が地縁・血縁とは別の、新たなコミュニティをつくることの象徴のように扱われてしまったのである。
これは決して私の妄想ではないはずだ。数多のクリスマス・ラブソングを聴いていれば、必ずそんな気分になってくるはずである。

閑話休題。
「分衆の時代」という言葉にはホントの部分とウソの部分があるのだが、少なくとも音楽の志向の細分化は80年代後半くらいから始まっている……のかな?
この辺よくわからないが、「J-POP」という名称が出てきた段階で、何かが変わったのだろう。
「家族みんなで聞く歌」は、この頃からどんどんなくなっていく。

で、それはどこかの識者が言うように、家族の絆が薄れたからでは、たぶんない。

近視眼的には、ウォークマンや手軽なラジカセの出現など「音楽のパーソナル化」とでも言うべき現象が起きているはずだし、
大きな目で見れば、戦後40年くらいかけての「個人主義」の台頭があった。

まあナポリタンとミートソースしかないパスタ界が、どんどん多様化していったのと近い現象なのではないか。
別にパスタの種類と家族の絆が希薄になったことは、たぶん関係ないんだろうし。

まず最低限、ここら辺をおさえておかないと単なる床屋政談のかなりレベルの低いものになって終わってしまう。

次にジャリタレ問題。
これに関しては、私は「学芸会で何が悪いんですか!?」という言葉以外、持ち合わせがない。
そもそもが、詳しくは調べていないが近代化がきわまってくる、もしくはポストモダン的状況というのは、芸能がプロのものだけではなくなってくる、という現象を引き起こすと思う。
ということは、「いわゆる学芸会」が頻繁に行われるということでもある。
しかし、同じ延長線上に、我々が「カラオケで歌を歌う」行為があることを忘れて批判してはならない。

「じっくり歌を聴きたい」という意見に関しては、
「本当にそう思ってるのか!?」と思う。
「千の風になって」はたまたま当たったからいいが、そういう同じくらい支持される歌がいくつもあるとは思えないし、
ベテラン演歌歌手勢にしても、いったいどれほどのCDを売り上げているのか。もしかして、その歌手のファンだって知らない歌を歌っている可能性があるのではないか。

そういう意味では、刃牙において「達人は保護されている」というのと同じ文脈で、紅白において「ベテランは、保護されている」のである。

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