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・「金魚屋古書店」(1)~(5) 芳崎せいむ(2004~2007、小学館)

Kingyoya05
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「金魚屋古書店出納帳」の続編だかしきりなおしかわからん。
とにかくどんなマンガでも揃う古本屋「金魚屋」をお話の舞台の核として、そこに出入りする人の人間模様を、毎回実在のマンガとからめて描く1話完結形式の作品の第5巻。

現在、最新刊は第6巻。

1巻までの感想は、「出納帳」について書いたテキストとほぼ同じ。

やはり本作は、非常に重要だと思うんですよね。「マンガを語る」とはどういうことかを考える上で。

「出納帳」のときにちょっと疑問に思っていた「いったいこの作品は、『マンガマニア』をどのような存在としてとらえているのか?」という部分はなりを潜めている。もっとしたたかになっているというか……。連載が長期化して細かいところまで描けるからだろうか?

要するに、「一作だけ思い出のマンガがある人」、「マンガにたいして興味のない人」、「なんでも知ってる人」、「昔の少女マンガにしか興味がない人」など、登場人物がバラエティに富んでいるので、たとえば「出てくる人々全員が杉浦茂とワンピースを両方読んでるマンガマニア」であるかのような不自然さはなくなった。

でも、それは逆に言えばマンガのマニアとか単にマンガが好きな人にも実にいろいろいるということだ。
若い世代は知らないが、一定の年齢以上の映画やミステリ小説、SF小説のマニアは、それぞれ専門分野(自分はこのジャンル内ジャンルが好きだという)があったとしても、それ以外の基礎的なモノにもいちおう目を通していた。

マンガには、そういう核となる「オールタイムベスト」のようなものが存在しない。

まあ、だからこそ、映画などを題材にするのとは違う面白さが本作にあるんだろうけど。

以下は話がそれる。
マンガになぜオールタイムベストが存在せず、毎回のベストテン選びも他ジャンルほど盛り上がらないか。

それは、たぶん「マンガ」が「権威」となったことが一度もないということが理由のひとつ。

「映画秘宝」が、それ以前の蓮見重彦のエピゴーネンみたいな評論家に対するアンチとして始まったように。
「このミステリーがすごい!」も、週刊文春のミステリベスト10に対抗して始まったんじゃなかったっけ?

そもそも、「サブカル」そのものが、それは根源的には「メイン」に対抗する意識を持っていたことが多かったはず。

ところが、マンガは攻撃されたことはあっても権威化されたことは、ない。
仮想的が存在しないと、どうもこういうことは盛り上がらないらしい。

アニメは……。アニメはどうなんだろうって?
とにかく、映像文化はひとまず標準的なアーカイヴがあること、「裏の世界」としてダビング文化があることが、それらの歴史意識をつくっているというところが有利。

マンガはそれすらもない。

それは物理的な世代の断絶を生む。初期のディズニーアニメや「王と鳥」(私も観たことない)を現在のアニメファンが観ないのは意識の問題で、物理的に乗り越えは可能だけど、マンガではそれが非常にむずかしい。

だからこそ、「金魚屋古書店」では古書店が舞台になっているわけだが、
実際にはちょっと古いマンガでもプレミアが付きまくっているので、「みんなで楽しく古いマンガを読みましょう」ということにはならんだろうなあ。

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