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・「聖マルガレタ学園」 巫代凪遠(2007、フランス書院)

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成年コミック。染色体異常により女子の出生率がものすごく高くなってしまい、明確に女子しか生まないことが判明した少女たちは、人権を剥奪され「聖マルガレタ学園」で、性奴隷となるための調教&肉体改造を受けることになる。

……これさあ、どういうふうに感想書こうかずっと迷っちゃったよ。

こういう「調教学校」みたいのっていろんなアプローチがあると思うんだが、この作者の場合オッパイを異常なまでに大きくすることとクリトリス巨大化に執着があるようだ。それに羞恥プレイがふりかけてある感じかな。

最近ぜんぜんエロマンガ読んでなくて、だからエロマンガの状況との比較も書けなくて……。ただここ10年というものすごくざっくりした流れで見ると、女性上位が増えたよね。

いやSMも、ロリコンも、ふたなりも、どれもそれなりにあるんだろうけど、エロマンガの歴史がトランスジェンダー寄りの歴史だと考えると(私は必ずしも明確にそうなるとは思ってないんだけど……)、やっぱりトランスジェンダーの流れの過渡期的なモノとして女性上位っての、はかなりの主流になってると思いますよ。

知らないけどね! 読んでないから! 繰り返すけど、勘だけで書いてますけど。

私個人はネット上のエロマンガ論の主流を占めるトランスジェンダー化にまつわるもろもろにはいろいろ思うところがあって……。

あ、本作の感想からはちょっとそれるけど。

たとえば、「萌え」談義に関しても、「男は最終的には二次元美少女になりたいんじゃないか」ってのが、もうすでに結論としてあるじゃないですか。

それが果たして本当にそうなのかな、っていうのと、それでいいのかな、っていう。

超未来的なことを考えると、現在、一部の評論家が夢想する「男と女のセックスにおける完全な合一化」みたいなことはさあ……正直、そうなるわけないと思うんですよね。
肉体が変わらないかぎり。
性器とか性感帯とかが完全に男女同一にならないかぎり、観念の世界で無限に近づいていっても現実の世界ではぜったい同じにはならないわけだし、
いやそもそも、両者が近づいていく、というのが「変化」であるはずがないと思う。

エロマンガにおける女装とかふたなりとか、女体化とか、そういうのはぜんぶ、極論を言えば「肉体的なセックスの上位にある架空の境地」に至るための思考実験だとも言えるわけで。

でも、完全に合一したらそれは「性」が無くなる、ということであって、男女同じ性質、おなじレベルの「性」が生まれるということではないじゃないですか。
SF作品とかで、そういうのを思考実験しているのもあるかもしれないけど……私は知らない。

あるいは、そうじゃないんだ、「二次元美少女になりたいだけなんだ」っていうのが結論だとしたら、
それは完全に他者を必要としない、完全無欠の自己完結ってことですよね。
で、それも思考実験としてはアリかもしれないけど、現実にはナシですよ。

なぜなら、現実世界での一人モンとそうでない男女とで、ものすごい格差が生まれるからね。

何を問題にしているかっていうと、変えようがない現実があって、それはどうしたって妄想では埋め合わせられない部分がある、ということ。
トランスジェンダー的なエロマンガばかり評価する(正確に言えば、ネット上でテキストが書かれやすい)ということに関して、その辺に私は違和感があるわけです。

そういうエロマンガが評価されるということは、カクメイを扱った、あるいはカクメイを予言する作品がそれゆえに評価されるということに近いんではないか。
カクメイが描かれているということと現実に起こるということとは、まったく別ですから。

だれだったか、知り合いが「世界全部が共産主義革命を起こしていれば、それらは成功していたかもしれない」って言っていたけど、それは究極的に架空の話であってね。
共産主義革命以上に、男女のセックスが同一のものになるというのはありえないわけだから。

まあそんなことをだらだらと書きましたが。

だから、たとえば本作を論じる場合でも、「肉体改造」の面が強調されて、ものすんごくざっくり書くと肉体変容にともなう性意識のメルトダウン化……みたいな、諸星大二郎の「夢みる機械」とかグレッグ・ベアの「ブラッド・ミュージック」とか……その辺にまで話を飛躍させて書く論、ってのもあるんだろうなあ、とは思うんだけど。

私はそういう立場は取りません。

「変態」ってのは、徹底的に大きな、なんというか人間の根源みたいなものとは切り離された孤独な存在だと思っているので。
人間の根源に到達するヒントだけは提示するわけですよ。変態ってのは。だからこそまともな人も変態的なものを観たり読んだりするわけで。でも、それはヒントでしかないから。

徹底的に偏って、一般的ではなくて、切り離されてて、でもなんだか目をそらすことができない、そういうのが変態的なものだと私は思っています。
そして、本作はそういう作品ですね。

それと、変態的なことに意味があると考えるのってやっぱり一部のインテリな人たちで、普通の性犯罪者は電車の中でお尻さわったり、なんとかランチで女の子つかまえてレイプしたりしているわけでしょう。
まあ痴漢もレイプも広義では変態的行為だけど、きわめて隣り合わせにあるという意味ではたとえばふたなりとか肉体改造とかとはちょっと違うよね。

で、本作は変態ものでありながら、作者あとがきでもちょこっと書かれているけど、たぶん路上で、街中で起こる性犯罪というのがもっとベタで、インテリの人が思いもよらないくらいいまだに性差別的であることが、念頭において描かれていると思いますよ。

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