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2007年10月

・「スポーツする映画たち」

スポーツする映画たちシネマヴェーラ渋谷
2007/11/03 ~ 2007/11/23

観たいのは「世界最強の格闘技 殺人空手」かなあ。後はよく知らない。
あと「直撃地獄拳 大逆転」もやるね。

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・「大江戸せくすぽっぷ」1~2巻(2007、少年画報社)

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たぶんヤングキング連載。安永四年、人の魂をつかみとって別の生物や無生物に憑依させる術「沁魂術」を使う瓢馬は、人間の魂を込めた生きた「性交人形(ダッチワイフ)」をつくっていた。
妹の千鶴は死んでしまったが、人形師のジュンザブローがつくった精巧な人形に瓢馬が魂を込めて普通に存在している(町人として生活していて娼婦をやってるわけではない)。

さまよう魂をむりやり生き返らせるようなマネを悔いて、現在は生きた性交人形をつくることはないが、かつてつくったやつらが悪さを起こしたりする。
それを止めてトラブル解決したりする話。

意外と基本設定が複雑で、あらすじを書くのがたいへんだがまあそんな話。エロい話はあまりなく、あくまでも「沁魂術」というものがあると仮定してのストーリーテリングの面白さを追求している。

作者の中津賢也も、、マンガの最先端を追っかけている人にははっきり言って興味の対象外ではないかと思われるが、そういうことを言っているとマンガ文化ってぜったい育たないと思われるので、ここに記録することにする。

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・「聖マルガレタ学園」 巫代凪遠(2007、フランス書院)

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成年コミック。染色体異常により女子の出生率がものすごく高くなってしまい、明確に女子しか生まないことが判明した少女たちは、人権を剥奪され「聖マルガレタ学園」で、性奴隷となるための調教&肉体改造を受けることになる。

……これさあ、どういうふうに感想書こうかずっと迷っちゃったよ。

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【雑記】・けっきょく私のフィールドってブログとコミケしかないかもな……

そろそろ、新刊を出すなら冬コミの準備をしなければいけないわけだが、
なーんも決まってない。
出さない(出せない)かもしれない。

でも、時間って案外かぎられている。
自分の最近の信条は「次はない」っていうこと。
「次につなげる」とか「次こそは」とか、
そういうのは若い人の言えることで、
もう若くはなく、いろいろと制約があり才能に限界のある自分には、
「次はない」。

そして、もうひとつ必要なのは「勇気」。
本当に、大マジでミニモニ。と高橋愛の歌の中の、
「ここでチャレンジしなきゃ、いつするんだよ!!」
っていう言葉が自分の中に、常にある(ちなみに、このセリフを叫んでいるのは辻)。

その言葉が聞こえてこないときは、自分の心が折れているとき。何かから逃げ出しているときです。

以上、なんか自己啓発的なツマラナイ内容になったので、違う話題を書きたいんだけど。

最近、「手がベタベタになると異常に気持ち悪い感じになる」という精神的病におかされています。

あ、急に思いついたけど、自分にとっての(フィクションの中の)ホモ感、ショタ感もいつか書かないといけないのかな、とも思ってますが。

……っていうか今書こう。

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・「やわらか忍法SOS」全3巻 帯ひろ志(2004~2005、講談社)

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コミックボンボン連載。
ちょっとHな小学生・轟快太が、遠縁の忍者・百池家の婿養子になることに。百池家のお姫様・明日香姫の立派な婿になるために、教育係の美少女・アヤメのもと日々修行に励むのであった……というエッチギャグマンガ。


ネットの若い衆(の一部)は、フラット化とか言うわりには平気でこのテのマンガはバッサリ「古い!」って言うよな~。
そんでその後は独自の萌え談義と、「一周まわってアリなんじゃない?」みたいな上から目線。

何言ってんだよ!!
2007年でもぜんぜんアリなんだよ!!!!!

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【書籍】・「結婚詐欺師クヒオ大佐」 吉田和正(2006、新風舎)

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米軍のパイロットでカメハメハ大王のなんかで、エリザベス女王のなんかで……という超絶フィクション的たわごとによって女性をだましてきた、結婚詐欺師・クヒオ大佐について書かれた本。
映画「カタクリ家の幸福」でキヨシローが扮した男が、このクヒオ大佐がモデルである。

ネットをざっと見渡すと、「作者が前面に出すぎ」、「虚と実の境界がわからないので期待はずれ」、「クヒオ大佐の真実だけが知りたかった」などの感想が多い。
しかし、結婚詐欺の被害者のことなど今まで考えたこともなかったが、だまされたとわかったら、おそらくこれほどだまされた方が罪人扱いされる犯罪もないのではなかろうか。

しかも、周囲の白眼視はおそらく軽微ではありつつも容赦なく厳しいものになるだろう。たぶん、周囲の人間の「だまされた方が悪い」という感覚には自身の罪の意識がないからだ。
そこが、普通の泥棒や殺人などの被害者と違うところである。

ということで、何から何までノンフィクションというかたちで描くことはたぶん無理だろう。だから、このような小説仕立てでも自分は良かったのではないかと思う。
また、本書が虚実ないまぜになっているとすると、どこからが「実」なのかを想像してみるのも面白い。

まず、クヒオ本人の性格。これはかなりリアリティがあるのではないかと思う。
自分でも自分のついた嘘を信じ込んでいるようなところとか。
あるいは、「これからは改心して自叙伝を書け」と、ジャーナリストである筆者が本のレジュメをつくって渡すと、かえってきた数枚の原稿には真実ではなく今までクヒオが書いてきた嘘が羅列してあった、この辺はたぶんまるまるフィクションだと思うが、実に真実味がある。
この手の自分自身がパフォーマーとして優れている(?)人間が、必ずしも面白い文章が書けるわけがないことを作者は経験上知っているのかもしれない。

それと、クヒオに関わった女たち。
クヒオにだまされながらも、彼を夫として面倒を見続けようとする女性が出てくるが、これがまたキャラクター造詣として本物っぽい。
なんか、この人自身がちょっと変わり者なところとかが。
また、650万円だましとられた女性が、クヒオを疑う友人と絶交してしまい、だまされたとわかったときには東京にいられない、とすら思いつめて本当に出て行ってしまうところなども、そのとおりのことがあったのではないにしろ、「結婚詐欺」の被害者女性の行動をリアルに描いているのではないかと思う。

大槻ケンヂは、「著者はマジメに書いているのに爆笑本」とラジオで言っていたけれど(どこかに音源があるので興味のある人は探して)、私は全編とおしてとても笑えなかった。
とにかく、出てくる人間が筆者とクヒオを含め、なんだかあまりに悲しすぎるのである。

弱い人間が嘘をついて、それにさらに弱い人間がだまされ、振り回される。それに義憤を感じた作者もふりまわされる。作者は自身が女性週刊誌あがりのしがないフリージャーナリストであることを自嘲している。すべてが二流で、三流で、すべてが哀しい(作者の筆が三流だと言っているわけではありませんので念のため。また、本当に登場人物がここまで物悲しい人々だったかもわからない。筆者の目線というフィルターが通っているだろう)。

とってつけたハッピーエンドは、たぶん本当にとってつけたフィクションなんだろうけれど、こうでもしないとやりきれないという作者の気持ちは伝わってくる。

なお、クヒオ大佐のオモシロ言動についてはプリンセス・ジョナ・クヒオ大佐研究所にくわしい。

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【自主アニメ】・「伊勢田監督の『恋戦士ラブコメッサー 第1話』がニコニコ動画にアップ」

恋戦士ラブコメッサー第1話
「すべて一人でつくっている」、「アニメの勉強をしたことがないであろう独自の動き(伊勢田サーカスと呼ばれる)」、驚くほど多作、女性の声も監督があてている、などいろんなところで驚かされる伊勢田勝行監督作品。

伊勢田作品は、特撮モノやマンガ作品を映像化(これ、説明がむずかしいがそういうのがあるのです)したものなどを観て大好きだったんですが、通常の評価には乗りにくいというか批評化泣かせのところがあると思います。

そんな「異色作」がこうしてニコ動にアップされて……。コミケか上映会に出向かないと観られなかった、ある種の「密室芸」とも言うべきモノが、超・簡単に観られるようになるとは本当に今は21世紀なのかもしれませんな。

「ラブコメッサーで感じる21世紀」ってのもオツなもんでしょう。

ところで、「急ピッチ→キューピッチ(キューピット)」というのは普通にうまいと思う。
また、テニスをやっている女の子のTシャツの胸に「てにてに」という意味不明な言葉が描いてあるなど、
再見してみると新しい発見もありますねえ。

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【雑記】・ t.A.T.uを忘れていやしませんか?

すでに週刊誌レベルでは沢尻や亀田騒動を総括する段階に入ってきているが、だれか忘れてやしませんか。

そう、t.A.T.u。

t.A.T.uのドタキャン騒動。

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・「いいなり! あいぶれーしょん」(1)~(2) 中嶋ちずな(2007、富士見書房、角川グループパブリッシング)

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ドラゴンエイジ連載。平凡な高校生・コウキのもとに大量のトイレットペーパーとともに女の子が降ってくる。彼女は雫石、町にとつぜん現れた動かぬ巨人・ダイダラボッチを発動させる何かが体内にあるという半人半機の存在であった。

半人半機は「契約者」を必要とし、それにコウキがなってしまう。契約者は手のひらに光玉がくっつき、それが光の糸で雫石のアソコにつながっている。この玉によって、契約者は半人半機をあやつることができる。

一方、半人半機は常に契約者を誘惑するための媚薬を、アソコからもらしている。契約者と半人半機がエッチしてしまうと、ダイダラボッチが発動してしまうのだ。だから、何かのきっかけでスイッチが入ると雫石は清純なイメージから豹変してコウキを誘惑し続けることになる。
あるいは、そうでないときも何かというと股間から媚薬をもらし続けている。

さらにコウキの姉・薫子は極度のブラコン、というかほとんど近親相姦一歩手前までコウキを愛しているため、年中おもらししている美少女と実姉との狂った三角関係が展開される……。

ひと言で言うと、このマンガものすごく面白いです。単なるゲテモノではなく、よくできてます。
江戸さんに教えてもらったときは「なんだこりゃ!!」と思ったものですが、本当にいいです。売れるのがわかります。

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・「任侠沈没」全3巻 山口正人(2007、日本文芸社)

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別冊漫画ゴラク連載。経済ヤクザとして失敗し、組に大損害をあたえた組長の息子をケジメとして粛清した大紋寺龍伍。しかし帰宅してみれば、自分の妻子が殺されていた……。

現場には組長のライターが。息子を殺された腹いせに妻子を殺されたと信じる龍伍は、東京の会合に向かった組長を殺すことを決意するが、そのとき未曾有の大地震が日本を襲う。
災害で大混乱の状況下、龍伍は「組長(オヤ)殺し」のための旅に出る……。

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【雑記】・ちょっとした欠落をちょっとしたことで埋め合わせる時代であるならば

私はリンクしないで特定のサイトのテキストに対して意見や反論を書くことが多く、それゆれにえらい見当違いなところから憎しみを買ったことがある。
でも、どうせ意見交換したっていい意見が出るとは思えないだんもん。主に私が未熟であるがゆえに。

ということで今回もリンクしないで書かせてもらいますが、

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【雑記】・「美少女マンガにおける『新しさ』について教えてくれ」

「萌え」という言葉が好奇心をもって迎えられたように、基本的に「美少女マンガ、アニメ、ゲーム」というのは「先進的なもの」として評価されてきた感がある。

しかし、そういう見方だけではないはずだ。

たとえば「あずまんが大王」以降、「いろいろな特徴によってキャラ分けされた美少女たちが複数出てくるマンガ、アニメ」というのが非常に増えた。
これは新しいことと言っていいだろう。

しかし、書店に行くと昔ながらの「SFおしかけ女房もの」のマンガもけっこうあるようである。

だから、事象を常に「先進的なもの」として語るばかりが能ではないな、と思った。

私個人の考えでは、かつて(20年くらい前は)「美少女マンガ、アニメ」を観ることは、恥ずかしいことだったが先進的だとはとらえられていなかったように思う。
そこにはある種の「ダサさ」がつきまとっていた。それは今でもそうだ。

「キャラ立ちよりキャラ萌え」という考え方は、ストーリー展開が未熟なことが多いそういうジャンルをフォローしているともとれるし、ネックとなる「物語」の部分を無視することによって一点突破しようとしているようにも思える。

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【書籍】・「トンデモ本の世界V」 (2007、楽工社)

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「著者と違った意図で本を楽しむ」シリーズの1冊。「U」と同時刊行された。
本作では、「トンデモ本大賞」受賞作品「「ガチンコ心霊交遊録」、「人類の黙示録」などが面白かった。他もぜんぶ面白いですけど。

山本会長の「あとがき」は、「セカイ系」という言葉は一行も出てこないけどものすんごくまっとうな「セカイ系批判」になっております。正統的なSF的思考をする人が、正統的にセカイ系を批判すると確かにそうなりますわな。
(あ、「セカイ系」って言葉が今でも有効かどうかは私は知りませんが、主人公の「日常」と、彼を取り巻く大きな世界が断絶している物語のこととして、私はこの言葉を使っています。)

以下は余談。

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【書籍】・「トンデモ本の世界U」 (2007、楽工社)

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「著者の意図と違ったところで本を楽しむ」という趣旨の、すでにおなじみのコンセプトによる本。
この「U」のトピックはというと、個人的には松本清張、ライアル・ワトソンといった大物の著作に関する「トンデモ」観点からの批判が載ったことかもしれない。
あるいは「血液型性格入門」の項は、「安易な懐疑的論調を批判しなおす」という点で興味深い。

それともうひとつ思うのは、読者ももうちょっと各執筆者の個性を把握していてもらえればもっと面白いのに、ということだ。
「トンデモ本の世界」シリーズの強みは、大きな「トンデモ本を楽しみ、考察する」という大枠が多くの人に受け入れられているということだが、実はよく読んでいくと個々人の考え方はけっこう違うのである。

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・「世にも奇妙な漫☆画太郎」(1) 漫☆画太郎(2007、集英社)

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ビジネスジャンプ連載。だけど短編集みたいな感じ。
何度か画太郎マンガについては同じことを書いてますが、「ムチャクチャさ」を取り沙汰されるわりには、プロットそのものは20年前くらいの青年誌にちょこっと載るような、「よくできたミニストーリー」みたいな話が得意ですよね。この人って。
本作は短編が複数収録されているから、読めばその辺のことがよくわかると思う。

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・「地底少年チャッピー」(全3巻) 水口尚樹(2006~2007、小学館)

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週刊少年サンデー連載。
女子高生の土屋ミヤコのもとにとつじょ現れた地底人・チャッピーとその仲間たちが起こすドタバタを描いたギャグマンガ。
こういうことを書くとマヌケなのは承知のうえで描くが、このマンガはむちゃくちゃに面白いです。自分的には「これぞギャグマンガ!」って感じだね。
だからこそ、なんで3巻で終わってしまったのか考えてみたい。

で、連載中も少し読んでいたんだけど、「地底人」の概念がわかりにくいんですわ。
「宇宙人」なら、いろいろ想像できるベタな状況があるから、それをとっかかりにしてひねることができるんだけど、「地底人」って読者のコンセンサスがなさすぎるんですよね。だからチャッピーが地底人であることを前提としたギャグが、フリの段階でぜんっぜんオチの想像がつかないということになる。

もちろん予想可能なギャグなんて面白くないわけだけど、あまりにも自由度が高すぎて、読んでいて疲れるというのはあるね。
反面、その自由さ、ムチャクチャさが本作の魅力にもなっているわけで……。ギャグマンガというのはまことにむずかしい、と思いました。

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【雑記】亀田問題ふたたび、あるいは沢尻との共通点

自分が過去に亀田三兄弟について書いたテキストに関しては、後でリンクしようと思う。

私にとっての亀田問題は、長男のタイトルマッチの時点で終わっているのだが、
今回のアンチの反応に対してのものも含めて、感想を書いてみたい。沢尻の件も蒸し返して。

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【雑記】・「わくわく動物ピョポリポフ」

下のエントリがなんだか湿っぽかったので、仕切りなおします。

今はなんていうか知りませんが、
日曜日のおとーさんがはいているようなひざ下までのズボンを「バミューダ」って言っていましたよね。
(いちいち検索してないけどまさかウチだけのローカルルール、ってことはないよね?)

「バミューダトライアングル」っていうと、あれを思い出しちゃうんですよ。

たぶん、北崎拓あたりの描く、「バミューダを常にはいている少年二人と少女一人のラブコメマンガ」は、
タイトルが「バミューダトライアングル」ですね。

もしくは今どき風に「バミュ・トラ」。


ぼくの名前を知ってるかい
にこごり太郎と言うんだよ
毎日まいにち食べ続け
食べたにこごり5万トン!!

あの娘がふっていた
真っ赤な にこごり
今日も みんなが 食べている
だれの ためでも いいじゃないか
バイト代 入れば それで いい

旅立つ
にこごりの胸には

マロンと
ロマンの区別はない

ラララララ~

(「女子かしまし物語」の節で)
「次は、ガバゴベ太郎!!」
南極行ったら寒いから
自販機でコーヒー買いました
それを飲んでて 気づいたよ
南極に自販機は ない~
(セリフ)
「幻覚見てんじゃねーよ!!」

(自分の考えた節で)
ダムに沈んだ高層ビル
その中にやつは住んでいた
得意技はえら呼吸
かくし芸はバタフライ

好きな食べ物まぐろの刺身
きらいなことは環境破壊

そう!あいつさ!
その名は
その名は

「こんばんは グリム兄弟です」

一人なのにグリム兄弟
そこが一番の笑いどころ

ニンニク注射を打って
耐えろビジネスマン

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【雑記】・死・誤・吐

「女番長ゲリラ」とか「牝蜂の逆襲」でググってもこのブログがまったく引っかからないのはどういうわけですか。
はっ、これが噂の「グーグル八分」……?
まあここが出ないのは1億歩譲ってまだいいとしても、くそつまんないブログ(しかも同じところ)が70年代東映関連で引っかかってくるのでとてもイライラしています。

仕事について書いてみようと思ったけどねー、サラリーマン時代。
もう、最底辺なんですよ。
職場が、じゃないよ。それは語り草になるじゃん。
私が最低のサラリーマンだったね。

私ほど無能な人間はいないんじゃないかと今も思ってますが、
もちろんカワイイ子から「そんなことないよ! 女の子だってエッチしたいとき、あるんだよ!」と言われたいがためにそういうことを言っているわけです私は。

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【映画】・「戦後猟奇犯罪史」

1976年、東映京都

監督:牧口雄二
脚本:金子武郎、中島信昭 
出演:泉ピン子、川谷拓三、室田日出男、五十嵐義弘

いきなりカンケイない話だが、それぞれのジャンルのそれぞれのレビューにありがちな文体というものがある。

たとえば音楽だったらいかにも「ライナーノーツ的」な文体というのが、はっきり言語化できないけど存在する。
何年も前のミュージックマガジンだったか、「これは良質のポップスだ、という表現は聴いたことがあるが、これは悪質なポップスだ、という表現は聞いたことがない」という出だしの文章を読んだことがある。

なかなかいいツカミだな、と思ったら本当にただのツカミで、その後はただの良質のポップスの紹介が続くのだ。
あるいはそのジャンルのカリスマ評論家の文体にだれもが影響を受けてしまったり、あるいはいかにも重度ネット中毒者といった感じのテキストにもネット上ではお目にかかる。

で、映画の感想サイトを回っているとリクツっぽいところが多くないですか。まあ大半はただの感想だけど。
リクツっぽいことはかまわないけど、その映画を観てみよう、って思わせるところが少なすぎる。

それと、自己反省というかどうにもならない部分ですが、私は映画を観た後もほとんどの細部は忘れてしまいます。映画評は記憶力の良さが関係してくるジャンルなのかもね。

では本題。

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【雑記】・マニアからの洗礼

自分は意識して映画を観ようと思ったのは35歳過ぎてからで、まあ感想文を読んでいただければその程度の人間だとはわかるだろう。
そして、ある特定ジャンルに人が入っていくとき、必ず通らなければならない洗礼がある。
そう、マニアからの洗礼。

小田嶋隆のエッセイで、彼がSFにハマらなかった一因として「ディックって何を読めばいいんですか?」とSFマニアの先輩に聞いたら、
「全部。」、「傑作から駄作まで、全部だ。」(大意。細部は違うと思う)と言われたというのがあって、うわーい象徴的な話だな、と思っていた。

何度も書いているが基本的に、本質的に趣味の世界というのは「ベルばら」におけるフランス貴族の舞踏会のごとく、それこそ「だれがだれに声をかけるか」とか「だれだれは作法がなってない」とかの噂スズメの集うところ、陰険きわまりないところだと自分は思っている。
それは本質的なことなので、今後も変えようと思ってもぜったい変わらないだろう。

しかし、そんな自分でもウンザリすることがある。

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【雑記】・テキストの原点は怒りだ

下のエントリと合わせて、これも誤解されがちかもしれないので書いておきます。
自分の現状でのテキストの方向性として、評論というかそこまでいかなくても作品の背景について漠然と考えるようなテキストと、
まったく無意味なデタラメ文体との二つがありますが、

両者に共通している私の執筆動機は「怒り」です。
それ以外、ないですね。
怒って怒って、それが伝わらなくって絶望して、それでも何かを発信せざるを得ないと思って書いてます。

まあ、別にだれかに頼まれて書いていない場合がほとんどですが、じゃあ何でやってるかというと自分の怒りを昇華するため、ということですね。

それを、まずまず論理的に書くこともあるし、もうやけくそになってムチャクチャで無意味なテキストとして書いている場合もある、と。

いい大人がストレートに怒ったり嘆いたりするのはみっともないから、そこは何とかして違う体裁を整えて書くわけです。

下のエントリでは「私の無意味テキストは笑いを基準にしている」と書きましたが、
「怒り」を静めるために、どうやったら楽しい気分になれるかを考えて書いているので、
イギリス流のインテリの上品な笑いとか……、そりゃ私もレンタルビデオ屋に「モンティ・パイソン」があれば借りて観る日もありますけど、どうもスーッと体内に入って行かない、ってところはありますね。
何ていうのかな……。どこか余裕がある人の笑いなんですよね。
いやそういうのの存在ってぜったい大切だとは思うんだけど。

だけど、超・基本的には、話が大きくなるようですが明治に西欧にデビューした、まるで大学デビューみたいな感じの日本人が必死にいろいろ追いつこうとして、
さらに太平洋戦争でぺしゃんこにされて、そこから戦前以上の高度消費社会、大衆社会が生まれてくる中での庶民パワーというか、
そういう、「西欧世界において後発デビュー」、貴族や侍などの上流階級が解体した「大衆社会の中の個人」っていう立場において、
どこか貴族関連のユーモアを摂取するということにそらぞらしさは、まあ、感じますけどね。

そういう問題定義は至るところにあるんだろうけど。たとえば逆に、アメリカの貧しい層から生まれた文化を一億総中流時代に青春時代を送った日本人が理解できるか……というような。

んだからまたオタク論の話になると、
オタク文化って、そういう日本の中流気分を半ば無意識に肯定したうえで、外部からの文化も受け入れる/受け入れないというふうに取捨選択をはかるというようなところがありますね。

話それちゃったけど。
「怒りをどうやって解消するか」ってのが自分の原点にある、っていうことで。

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【雑記】・プレ無意味入門(幼年編)

私の考える無意味について、超基本的なことを書いておいた方がいいのかな、と思って書いておきます。

「無意味無意味と言っても、意味があるでしょう」って言われることがあるんだけど、
私の無意味単語の選択基準は基本的には「笑えるかどうか」です。
「笑い」を排除した無意味もあるんだろうし、それはシュールレアリスムというものかもしれないし(でもそこにもユーモアの要素はあると思うけど)、もっとアート的なものになるのかもしれません。

私の場合は完全に「笑えるかどうか」ですね。
ただし「なぜ笑えるか」を論理的につきつめたことは、あまりない。
というか、それこそ究極的にはセンスの問題になって、「なぜ笑えるのか」の核の部分はブラックボックスですよね。

そして、「笑い」を求めることで、結果的に、あくまで結果的に何か別の要素が出てきているとしたら、それは副産物としてありがたく受け取っておこう、という感じです。

・参考
無意味ブログ入門

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・「喰いしん坊!」(15) 土山しげる(2007、日本文芸社)

Kuishinbo15
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週刊漫画ゴラク連載の大食いマンガ。
ついに大食い大会も終盤戦、太巻なんかを食べておりました。うーんと、展開としては満太郎が優勝して終わり、というのがキレイな幕の引き方だけれどまだ続くんだろうか?

14巻の感想

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・「ゆうやみ特攻隊」(一) 押切蓮介(2007、講談社)

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月刊少年シリウス連載。
姉を殺した悪霊に復讐するため、臆病な性格ながらも「心霊探偵部」に入部した辻翔平は、「霊を素手で殴ることができる」部長・弥依(やより)と部員・かえでとともに心霊探偵をやることになるが……という話。

「自分に自信があってワンマンで、銭もうけのことしか考えてない」弥依、「ちゃっかり」という言葉がふさわしい性格のかえで、そしてヘタレな主人公、というキャラクターの図式は昨今のオタクマンガの定番とも言うべきもので最初は正直うんざりしたが、キャラクターが動き出すに連れて面白くなっていく。

単行本の終盤ではついに強力な霊能者である弥依と翔平の姉を殺した悪霊とが出会い、悪霊のすごさを弥依が認識するシーンがあるが、これがなかなか燃える。

「でろでろ」よりも人の死がからんでいるぶん、もう一枚シリアス度が上の印象。

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・「おばけのおやつ」 押切蓮介(2007、大田出版)

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短編集。本書では噴火した山の火山弾の雨あられの中、突如出現した地獄の魔王・ペサメノスに戦いを挑む一匹の犬の話「Beautiful」がすごい。
描き下ろし44ページの作品からほとばしり出る、誤解を恐れずに言えば「中二病」的とも思える思春期的な悩みと終末観、そして最後に訪れる救い。それらが原稿用紙にたたきつけられてる。

マンガとしての完成度とか何だとか、そういうことをいっさい不問にする迫力。自分はこういうのが読みたくてマンガを読み続けているのだと言っていい。

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・「でろでろ」(11) 押切蓮介(2007、講談社)

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週刊ヤングマガジン連載。霊感体質である少年・耳雄が遭遇する怪奇現象もろもろを描いたギャグマンガ。

本編も面白いが、この巻では巻末の「蓮介漫画日記」が面白い。
アニヲタのアシスタントたちとのコミニュケーションギャップを描いているので。

10巻の感想

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・「でろでろ」(10) 押切蓮介(2007、講談社)

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週刊ヤングマガジン連載。「人の振り見てわが振り直す」とか、アイドルファンの話とか、フリーズしたパソコンに打ち込んだ文字が本当にパソコンの中で氷漬けになっていたりとか、そういうのが面白いですね。

9巻の感想

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ポエムづくりの新機軸。
あなただけに教えます!
これを使えば簡単にポエムがつくれるよ。

まず言葉を用意します。
たとえば「こんにちは」
これを「ピョッピー語」に変換すると……。

「ポッピピパ」

「さようなら」を変換すると、

「パピョウピャピャ」

どうだいすごいだろう
これさえあれば、どんな言葉もポエムになるんだ

ポッパポポパパポペプピパププパ

ポッパパパピパパパピパパピパピ
パッピパピパピパピッパパピパピ

パピパプパピパプパピピパパピピパ

「だから、のり塩じゃなくてバーベキュー味だってば!!」
「車って、いざ買っても都内に住んでるとあまり利用できないよね」
「男は理想主義、女は現実主義」
「山本夏彦を読破してすべてにおいて優位に立とうとする中学生」
「おれがすべったみたいじゃん、などと言う素人」

はーい!
突然ですが、私が小学生時代憎かった隣のクラスの担任教師を想像の世界でいたぶることにしまーす!
(この教師は中学受験している生徒の親に、遠足の日に弁当つくって持ってこさせていたジャイアン教師だ。)

おい、まず道端の草を食え!

……自分がいじめっ子になったみたいだから、やっぱりやめよう。

その代わり、貴様にはお国のために大事な用がある!

髪を茶色に染めてタンクトップを着て、明細柄のズボンを履いて通学路を歩く子供たちを誘導する仕事だ。

しかも、一生懸命にそれをやっているところを、変質者と間違われて矢でうたれる!!

アーチェリーの矢は、男の腹を貫通していた!!

「うう、やる、やるぜおれは……。やってやる!!」

あーっ、スフィンクスの顔だけが攻めてきたー
目からレーザービームを出しながらー

よしっこちらも対抗して、
クリームをかきまぜるときのシャカシャカする器具を光線銃に見立てて戦うぞ!!

ドキューン
パリーン
ズガーン
ドシャーン
ボスーン

世界に
平和が
おとずれた……

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【映画】・「俺の血は他人の血」

公開:1974年、松竹

監督:舛田利雄

主演:火野正平、奈美悦子、フランキー堺

ヤクザが激しい抗争を繰り広げる街にやってきた青年・絹川良介。彼は怒りが頂点に達すると「エスクレメントオ!」の叫び声とともに超人的な力を発揮するのであった。飄々とした恐喝屋・六さんにその力を見込まれて、良介は抗争に巻き込まれてゆく。

「筒井康隆作品の映像化第1作」などの記録的、資料的な意味をのぞけばとりたてて観る必要もない、なんてことなさも極致の映画なのだが、検索したらものすっごいけなしているブログがあったので対抗してほめてみようと思う。

……まあ、原作は読んでないんだけどたぶん原作の周到さ、ということに尽きるね、この映画は。「時をかける少女」、「文学賞殺人事件」、「パプリカ」くらいしか観たことないんだけどいずれも「ああ、たぶん原作がよくできているんだろうなあ」と想像させる。
たとえば本作は血液を輸血されたことが主人公のパワーの源になっているんだが、「血液なんて時間が経てば新陳代謝ですべて入れ替わってしまうはずなのに……」なんてわざわざ登場人物に言わせてる。
繰り返すが原作読んでないけど、これって原作にあったセリフじゃないかなあ? つまり、筒井康隆が原作執筆時に、荒唐無稽な設定であってもいちおうSF的解釈を入れようとした努力の結果のように思えるのだ。

もうひとつ思ったのは、本作が最近ではあまり見ない「一人の超人的な男によってすべてがいい方向にむちゃくちゃになる話」だといういこと。それだけでも観る価値があると思った。
そういうジャンルが、実はヒソカにあるのだ。「ウルフガイ」だって「座頭市」だって、そういう話なのだ。
そういう話がまったくない社会というのは滅びるのだ。だから、その一点だけでもこの映画は正しい。

あと奈美悦子の正統派的美人ぶりにも驚いた。それが(現在のように)あんなんなってしまうとは……。

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【映画】・「二匹の牝犬」

1964年、東映

監督:渡辺祐介
主演:小川真由美、杉浦直樹、緑魔子

千葉から出てきた朝子(小川真由美)は、苦労のすえ売れっ子トルコ嬢に。大金を貯めて幸福を掴むため、素性を隠して証券会社社員(杉浦直樹)からときどき株を買っている。
ある日、朝子のもとに田舎から出てきた異母妹の夏子(緑魔子)が転がり込んできてから、朝子の人生は狂い始める……。

小川真由美のエロさに脱帽。おぼこ娘、セレブを装う姿、トルコ嬢、そして愛と幸せを得たい苦労人の女を演じ分けている。
緑魔子も、その小悪魔っぷりを充分すぎるほど発揮している。

一方的な悪人をつくらずに、歯車のかけ違いで登場人物の欲望が錯綜する脚本はけっこうよくできている。とにかく、なんてことない作品なのに魅せていく。本当にうまい作品。

ただし、終盤やや失速した感がある。朝子の運命が決まってからは、蛇足のようなものだからね。そんなふうに思った。

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・「日常」(一) あらゐけいいち(2007、角川書店)

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えーと、「少年エース」連載なのか?
「あずまんが大王」以降の、「複数のタイプの違う娘さんがそれぞれの学校生活を送る」というパターンに、大胆なシュールギャグをブチ込んだ作品。

萌え系のマンガにシュールをブチ込むというのはなかなかむずかしい(と私は思っている)。ノリの性質上「ね? 面白いでしょ? 面白いでしょ? シュールでしょ?」というような感じになりがちなのだが、本作はなかなか面白い感じに仕上がっている。
絵もかわいいが、「ギャグを描きたい!」という思いが強く伝わってくる気がする(根拠を示すのはむずかしいが)。

個々のギャグとしては、「ちょっとがっつきすぎじゃないか」と思える、ギャグを詰め込みすぎたシーンも出てくるが、おおむねいいバランスだと思う。

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【映画】・「ずべ公番長 東京流れ者」

1970年、東映東京
監督・脚本:山口和彦、脚本:宮下教雄
出演:大信田礼子、渡瀬恒彦、宮城千賀子、南原宏治

少年院みたいな(そういう施設かどうか不明)「赤城学園」を出たリカは、おもちゃ工場で働くがミスが多すぎてクビに。新宿をブラついているところを「デパートガールみたいな仕事」と誘われて、行ったところは超弱小テキヤ・ガセ寅一家だった。
一家の女親分・蘭子が赤城学園の卒業生と知って盛り上がり、いろいろあってかつての学園の仲間たちが集結。しかし、ガセ寅一家の商業権(何て言うのか忘れた)をめぐって新興ヤクザが出張ってきて、最終的にはお決まりの殴り込みに……。

女親分さんが宮城千賀子でいいのかなあ……? ホスト役の左とん平とのコント的やりとりがすばらしい。また、冒頭にはその後の展開とまったくカンケイない、スケベ医者(南利明)が赤城学園で身体検査をしようとして大勢の女生徒に襲われて服を脱がされかかるシーンがある。この一連の流れもまた、昭和コメディアンの真骨頂のように思えるので観て損はない。

ただし、前作もそうだったが全体のプロットがあまりにも旧来の任侠映画のパターンを踏襲しすぎている印象は否めない。ワンパターンだったら「女番長シリーズ」だって似たようなもののはずだが、この「ずべ公番長シリーズ」の方がどこか泥臭いのである(正直、終盤観ていてちょっと寝てしまった)。

なお、ググったら主演の大信田礼子って都倉俊一の元奥さんなんですね。手足が長くてどちらかというとモデルのような体型。世が世なら、もっともっとスターになったかもしれないなあ、などと思ったりした。

・「ずべ公番長 夢は夜ひらく」(→感想

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【雑記】けっきょく、観る側は観ているしかないんだよな(沢尻エリカ)

私は前から沢尻エリカ(正確に言えばそのたたずまい)が大っ嫌いで、でもよく知らないまま批判するのもどうかと思い、「スーパーモーニング」の彼女の釈明インタビューをわざわざ観てしまった。

で、思ったこと。
「やっぱりアイドルってつくられた存在なんだな、そのつくりの方向性が違うだけなんだな」

あくまでもアイドル論の文脈でこれから書きますけど、
要するに「つくられたアイドルではなく素を見せているから良い」という理論は成り立たないと思いました。

続きを読む "【雑記】けっきょく、観る側は観ているしかないんだよな(沢尻エリカ)"

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・「実録 逆玉GET!!」(2007、宙出版)

コンビニペーパーバック調単行本。マンガ。
羽賀研二の話を筆頭に、ヒモや女性から金を引っ張る詐欺師などの話を集めたアンソロジー。
実話系の雑誌ってほとんど読まないから、なかなか面白かった。とくに「女だけが目的のビジュアル系バンド」と「キモオタならぬヒモオタ」の話が面白かった。まあビジュアル系にはそんなに興味ない私でも聞く「バンド間の体育会系的上下関係の面倒」はまったく描かれていなかったけど。

それにしてもヤクザは恐い。それと詐欺って手口を調べていくと「普通の人」の欲望が見えてくるのが恐い。私も気を付けよう。というか、繁華街なんか行くのやめて、庭の雑草をひっこぬく仕事に戻ります(小遣い銭1日500円もらってます←嘘です)。

「女がだまされる」話を集めているのに合間あいまに出会い系サイトの広告マンガが載っているのがいろんな意味ですごいと思った。やっぱり雑草をひっこぬいて暮らすことにしよう。

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・「2012年地球滅亡の危機!!」(2007、学研)

コンビニペーパーバック調単行本。マンガです。
「ノストラダムスの大予言」が陳腐化したので、「ヨハネの黙示録」とか「マヤの予言」、「ホピの予言」などから人類に警告するという内容。

いろいろ読んできたがこれはひどい!! 読むところ無し。
今さら「宇宙考古学」のデニケンなんかを引き合いに出している。そもそもが「予言」は、その時代の精神と文明の度合いに合わせて人がとなえたものであって、それを現代流に解釈しても何の意味もない。しかも視点の違いも、ここ30年くらいでたぶんほとんど違わないから民俗学的というか社会学的というか、そういう観点から読んでも予言本は面白くない。

さらに、本書の結論が「これから心の時代になれば終末予言は回避できる」って……。これの原作書いてる人、オウム事件を忘れたんですか!! しかも「物質主義」の解釈がある章ではアメリカ資本主義であり、また別の章では社会主義の唯物論ということになってる。資本主義と社会主義が同じ穴のムジナだとするのは、あまりにも乱暴すぎる。
また、わずか10年前に、「これからは心の時代」というまったく同じ思考ルートからオウムのようなカルト教団が生まれたことにも配慮がなさすぎる。

「ムー」関連の部署がつくっているとしたら、上記の批判ポイントを直接は回避できるという確信でこういう本を出しているとも考えられ、なんだかタチ悪いですねえ。

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・「体をいじった芸能人」(2007、宙出版)

コンビニペーパーバック調単行本。マンガ。
整形疑惑のある芸能人を、片っ端から伏せ字であげていき、似顔絵とともに「どこをいじったか」を次々に予想していくという超のつく下世話マンガ。

……だが、整形にうとい私にはかなり面白かった。
このテのコンビニペーパーバック調単行本でマンガが多いのは、まったくの予想だが「文字本が売れないから」という消極的な理由しかないように思える。しかし、本作は「写真が掲載できない芸能人」を絵で描けるというのがあるし、単に「絵で水増しした」とは言えないちょい斜め上の下世話パワーが漂っている。

とくに川岸キョウタロウのグラドル整形疑惑、前田俊夫の細■数子がらみのK■IKO整形疑惑のマンガはイイ仕事をしている。

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・「世界最大の秘密結社 フリーメイソン」(2007、イースト・プレス)

コンビニペーパーバック調単行本。マンガ。
前にも書いたが、自分は数あるトンデモ的思想・アイテムの中で世界情勢がどうのこうのという陰謀論だけは素直に楽しめないので、本作もあんまり楽しめなかった。

日本が欧米のもので輸入したものは少なくないが、こういう陰謀論は、とくに「あちらさんの都市伝説的リアリティ」を直輸入してしまった気恥ずかしさがある。たとえばUFOのアブダクションなんかも、アメリカ特有の精神風土とは切り離せないようなんだが、まだ人間心理に訴える普遍性がある。が、フリーメイソンがどうたらこうたらは日本で語られる場合、日本人の欧米コンプレックスとしか受け取れないんだよね。

マンガとしては、佐藤広基という人の「真説・明治維新」がいちばん面白かった。この人は実力があると思う。

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・「面白漫画倶楽部」のブログができました

「面白漫画倶楽部ブログ」

楽しいなかまたち「面白漫画倶楽部」がおもしろブログをおもしろ開設!
フラッシュアニメだのニコニコ動画だの、真のマルチメディア化が進むウェブ2.なんとかの現状にするどくテキストのみで斬り込むワクワクワンダーランド!!

みんなで見よう!

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・「とどろけ!一番 『受験は格闘技だ!!』編」 のむらしんぼ(2007、小学館)

Todoroke
コンビニペーパーバック調単行本。
注目すべきは、幻の傑作「熱血ヨーヨー戦士 電撃タケル」の1エピソードが収録されていること。
「呪いのヨーヨー鬼の巻」で、えーと、不肖・私が「と学会年鑑」のどれかで紹介させてもらったエピソードですね(あ、念のために書いておきますが、私はこの単行本に関して別に何も関わっておりません。単に善意で紹介させていただいております)。
「電撃タケル」は、名前を聞いたこともないけどいざ見始めたらワクワクして止まらないカンフー映画のような楽しさを持つ傑作です。

のむらしんぼ先生のインタビューも入ってますね。
コンビニで一週間くらい前に買ったんですが、見つけたら即買いをオススメします。

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【雑記】・妄想は現実に対してどの程度代替物となるか

#このテキストは、いつもと違うパソコンで書くためのテストです。

広義の妄想(テレビ番組、マンガ、小説、映画など)はどの程度現実の代替物となるかについて、考えた。

結論:へのつっぱりくらいにしかならないよなあ、やっぱり。

「そんな哀しいこと言うなよー」という声が聞こえてきそうですが、今はそういう心境なの!

ただ、まあ貧困、戦争、飢餓、そういった人間の衣食住に関する問題に関しては、妄想など直接的にはほとんど役に立たない、ということは自明で、人類全体もかなりそれは理解していると思うのだが、

問題はそれらがある程度解決された上でのラインだね。
ここんところは、人類全体でもみんなあまり理解してないね。

同じこと何度も書くけど「ろば」と「らば」のマンガがあって、
らばが「どうしてろばはチヤホヤされているのに自分は」とか思っていると、ろばから、
「だってらばじゃん、おまえ」みたいなことを言われるという話ね。

まあ知らない人は何言ってるかわからないだろうけど。

別の言い方をすると、
たとえば「ローマの休日」とか、みんな夢見るとして、
本当に「ローマの休日」みたいな恋愛(ロマンチック、という意味で)をしている人と、
そんなの何の縁もなくて毎日サツマイモかじってる人と、
「ローマの休日」に同じだけ感動したとして、

両者の感動は同じなのか違うのか?
ってことなんですよ。

そこをギリギリまで自問自答しているクリエーターの作品は美しい。
しかし、自問自答していないクリエーターの作品が美しくないとは、かぎらない。
それが問題を複雑にしているんですよ。

まあ、とりあえず昨日テレビでやってた映画の記者会見を観て、
私は沢尻エリカと、それを取り巻く環境が相当嫌いになりました。
彼女出演のCMで狙ってんだか狙ってないんだか「フェイクスター」って歌われてますが、

その演出のすべてが小賢しい。
たぶん、「女王様」を意図的につくり出そうとしているんだろう、沢尻ブレーンは。
つくり出された小動物的なアイドルにもかなり教育上よろしくない部分はあるかもしれないが、
「あがめよ」って送り手がメッセージを出してきたものほど不快なものはないですよ。

「あがめよ」って言われてこちらがあがめるモノや人物に対して、我々が奪われるものはあっても与えられるものはほんの少ししかないはず。

たとえばアメリカのアメリカン・ドリーム的なヒーローって、ぶっちゃけるとアメリカ格差社会の上位コミュニティが、「名誉白人」をほんの少数つくり出すことによって大半の有象無象の口を封じようとしているだけだろ。
あるいは、ふざけてあがめているうちに本当に本人がその気になってしまうということもあるだろうし。
とにかくいいことないし、

本質を見失わされて損するのは、きっとこっちだよ。
「和田アキ子が沢尻を不快に思ってる」とかいうクダラナイ記事と込みで、クダラナイですよ。

妄想を摂取して生きるなんて、ただでさえ霞を食って生きるような行為なのに、その上なんか知らないうちにかすめとられてたらたまらないですよ。

あと、こういうこと書くと「考えすぎ」とか言うヤツが出てくるんだけど、
そういうアンタは
「なぜ川崎のぼるの描くキャラクターの手はあんなに節くれだっているのか」について、考えなさい。

じゃあネ!!

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