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【アニメ映画】・「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序」についての「序」

「エヴァ」について語ると、たいていの場合「うまいこと言う合戦」、「おれがいちばんアニメに詳しい合戦」、「おれがいちばんいいところを見ている合戦」になりがち。
……っていうか、12年前、パソコン通信ではそういう事態になっていた。
膨大な「エヴァ論」が書かれ、自分も素朴な感想を書いたが、ものすごい数のテキストに埋もれてしまって感想を書いていてちっとも楽しくなかった。

「序」が公開されて、今やるべきことは12年前の時代状況、「エヴァという作品の先見性」、「現象にまでなったと言われたのはなぜか」等の考察、そして「当時の議論の整理」といったところだろうか。
まあ、だれかがやると思うのでやりませんけど(できないとも言う)。

……と言いつつ極視的な感じで書いてみるか。

・エヴァという作品の先見性
「新しさ」というのは二種類ある。「後から考えて、それが時代の転換点だった、あるいは新しかった」と再発見されるものと、明確に同時代的に「これは新しい!」と思われるものである。
「これは新しい!」と思われるものが時代の流れの中で位置づけられたとき、後から、それに先駆けたマイナーな作品が再発見される、というパターンが多いかもしれない。

「エヴァ」以前のガイナックス仕事が「再発見された」とは思わないが(じゅうぶんアニメファンには有名だったわけで)、少なくとも「エヴァ」からアニメファンになった世代や、それまでガイナックスそのものを知らなかった者にとってはそうなるだろう。

世界観の設定やSF的ガジェット、あるいは作画の問題などは私はよくわからんが、私の考える「エヴァ」の最大の先見性とは以下の2点。

・主人公が定型パターンを逸脱してウジウジし続ける
・「敵」の正体が最後までなんだかよくわからない

前者に関してはその後、ライトノベルなどでどんどん反復されていく。シンジの性格設定に関しては、時代性をにらんでというより監督本人の問題意識の表れではないかと思うが、それがあまりにも時代にマッチしすぎたというのはあると思う。

「エヴァ」以降の「シンジ的」な主人公がウジウジしているのには時代状況として理由がある。端的に言えば日本におけるヒーロー像の喪失である。
が、シンジそのものは監督の内面がそのまま表れたものではないか。だから、「エヴァ」と「その後のエヴァ的なキャラクター造形」とが、考察の際うまくつながりにくいということは、ある。

・個人的に目をひいた議論
12年前、「エヴァ」をめぐる議論はさまざまな切り口があったが、自分にとっていちばん大きかったのは、
「アニメにとって、リアルとは何か?」という疑問が呈されたこと。
これにはさらに2つあって、

・キャラクターの内面の問題
・世界観・設定の問題

……というふうに分かれる。

自分は12年間、このことについて考えてきたがいまだに答えが出ない。
たとえば新しいウルトラマンシリーズや平成ライダー、ガメラシリーズ、ゴジラシリーズ、あるいはガンダムにおける「リアル」の問題など、このテの問題は必ず浮上してきていた。

もっとも、「エヴァ」の出現時に浮上した問題ではあるが、鉄人28号とマジンガーZの比較、マジンガーZとガンダムの比較、あるいはタツノコアニメとガンダムとの比較でもこの「リアルのおとしどころ」の議論があったように思える。
マンガの場合は、このあたりはストーリーマンガ/ギャグマンガ、トキワ荘的マンガ/劇画、雑誌のCOM・ガロ/少年マンガ週刊誌、という両極端なスタイルの間に無限のヴァリエーションが存在していたことで、あまり目立った議論にはなりにくい。

ところが、なぜか映像化作品ではこういう議論が起こる。なぜかは不勉強にしてわからない(ミステリにおける「新本格論争」は、スーパーロボット/リアルロボットといった対立項と同じ文脈での「リアル」の議論だったという気はするけど。それとゲームではRPGの凝りすぎなムービー、格闘技ではプロレス/総合格闘技という対立項があったなそういえば)。

まあ、この辺は結論出ないから終わり。

・現象にまでなったと言われたのはなぜか
これも正直、不勉強でわかりません。ガイナックスとしては過去にナディアとかもあったわけだし。
これこそ、1995年という時代状況がそうさせたのだという気がする。
なんでそうなったのかは宮台真司あたりがどこかで解説していると思うので、しません。

・時代のイコンとなった綾波レイ
いちおう項目として入れておく。だが自分には、綾波レイがほとんどアニメキャラという枠から離れて神聖視されたりするさまを見てもなんだかよくわからなかった。いまだによくわからない。
だから綾波に関しては語りたい人が語ればいいと思う。

・まとめ
ああ、意外に面白くない内容になってしまった……。
まあぶっちゃけると私がエヴァに関して現在言いたいことはただひとつ。
SF的設定やガジェットは、いちおういろんな作品に影響を及ぼしはしたけど、たとえばスター・ウォーズ公開後のアニメやマンガのような革命的なことにはならなかったと思う。
それよりも、「エヴァ」が重要作なのは、病的なまでに内省的な主人公と、緻密につくられた世界観がどんどん乖離していって最後には破綻する物語だったことだ。
(まあその後の劇場版でそれなりの決着が付けられたのかもしれないが、私個人はもはや深読みをする気力が失せていたし、多くの観客がそうだったに違いない。)

この後、12年間にわたって似たような構成の物語がつくり続けられている。
このあたりはどれほど重要だと指摘してもしたりないし、前述のようなスター・ウォーズのように、その後のSF世界を豊かにすることがなく、むしろどんどん一部のエンターテインメントが閉塞し、鬱展開になっていったのはほとんど12年前の「エヴァ」が始まりと言っていい。

ここで注意すべきは、「エヴァ」が後の作品に影響を与えたというより、90年代後半という時代の雰囲気をいちばん最初に反映したのがエヴァだということだ。
つまり、エヴァとその後の作品群はもちろん関係はあるが、エヴァとその後の影響を受けたと思われる作品には双方、共通の背後があるということである。
その背後とは何か、ってことが、たぶん重要なんだろう。

そして映画本編の感想はこっちです。

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