« ・「ゆうれい小僧がやってきた!」(上)(下)  ゆでたまご(2007、集英社) | トップページ | 【雑記】・「おいおい、シュミと仕事は別でしょうが」 »

・「牌鬼無頼 ボクは殺曲家」 小池一夫、叶精作(2007、小池書院)

Haikiburai_3
1976年頃の作品。
謎の雀士、危険墨斎(ションパイボクサイ)。彼は依頼を受けては麻雀を通して殺人を犯す殺し屋であり、モノにした女の身体に必ず麻雀パイの刺青を彫って去っていくという性癖(?)を持っていた。
かつて彼を愛したインターポールの捜査官・ティナーの背中には、九連宝燈(ナインゲイト)の刺青が彫られてしまっている。
ティナーに追われつつ、麻雀を通して金儲けし、殺人を犯し、女も犯し続ける危険墨斎の生きざまを描いた麻雀劇画。

これぞ70年代小池一夫の真骨頂!! 普通の単行本ならたぶん全2巻、私が読んだコンビニペーパーバック調単行本では全1巻なので、手っ取り早く小池劇画を味わいたい人にはオススメである。

あらすじは本当に上記のとおり。読めば読むほど、小池一夫がマンガ界に投じた問題提議は大きいと自分は最近考えている。

どういうことかというと、アニメや映画、特撮ドラマでたびたび論じられる「リアリティとは何か」という問題がある。
たとえばスーパーロボットアニメよりもリアルロボットアニメの方が本当に「リアル」なのか? あるいは「リアル」ということが本当に「面白さ」に貢献しているのか? という問題のことである。
昨今の技術の進歩による「CGの導入」にも、似たような議論がつきまとう。

ところが、マンガでそのような議論が起こったことはあまりないように思う(以前書いた気もするがミステリにおける新本格論争がこれに相当し、おそらくラノベをめぐる言説でも似たような議論があるかもしれない)。

なぜマンガに似たような議論が少ないかというと、マンガはさいとうたかを・梶原一騎・小池一夫的な「劇画」を受け入れたからこそ発展・拡大した、ということが言えるからではないかと思う。

そして、存命中からパロディ化されまくった梶原一騎とは対照的に(パロディも批評の一種だと考えられる)、本人が恐い人なのか何なのかは知りませんが、小池一夫はあまり語られてこなかったし、パロディの対象にも梶原一騎ほどにはなっていなかった。

もしかして、これってすごい問題なんじゃないのか!?
……と思う今日この頃である。

|

« ・「ゆうれい小僧がやってきた!」(上)(下)  ゆでたまご(2007、集英社) | トップページ | 【雑記】・「おいおい、シュミと仕事は別でしょうが」 »

マンガ単行本」カテゴリの記事