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【雑記】オタクと「笑い」

以前、ミニコミにも寄稿させてもらったんですが、オタク、サブカル(とくにオタクかな)と「笑い」のスタンスについて、一度その歴史を通して見ていった方がいいような気がします。
「笑い」、「ユーモア」って、あんがい無視されがちですので。

ずーっと前(10年以上前)、知り合いの人とミステリについて話をしていて、「乱歩か清張か」っていう二元論があると。「新本格」論争の頃のことをさしているんじゃないかと思いますが。
新本格ムーヴメントって、「清張的なもの」を仮想敵として、まあ雑駁に言って「乱歩的なもの」の復権を目指したように思うので(より正確に言うなら、クイーンでありカーなんでしょうけどね。クイーンをカーと一緒にするのが乱暴なことも、浅学ながらわかってるつもりでおりますが)。

で、「乱歩か清張か」という二元論には、「ミステリとはシリアスなものである」っていう命題のみしかない、と自分は感じます。

それでまあ、その反動として小山正氏の「バカミス」という概念が提唱されたんだと思いますが、オタク・サブカル史の中で、議論がシリアスになっていくほど「笑い、ユーモア」の部分がないがしろになる傾向は、あるのではないかと。

「おたく史」をひもといたときに、やれ政治の季節が終わってからのエンターテインメント主義への傾倒だの、頑迷な活字SFオンリー主義からの、センス・オブ・ワンダーを映像など他のメディアに求めていった人たちのムーヴメントだの、またあるいは若者の「三無主義」と言われたような、「個人主義」のより強調された状態の象徴としてのおたくだの、さらにまたあるいは「創作すること」の大衆化、一般化だのとさまざまな観点がありますが、

「ギャグ、洒落、ユーモア」という観点から観ないと、大事なことを見落とす気がします。

まあたとえば70年代終盤から80年代初頭のアニパロ・エロパロ、ロリコンブームなどは多分に「洒落」的な要素があったと聞いてます。遊び心というかね。
一方で、非常にシリアスな「ロリコンの人」たちなどもいただろうということも予想できるので、おたく史っていうのは常にそうした「洒落とマジ」の混在、っていうところに混乱があると思います。あれ、ここまで書いてきてもしかして自明かな? とも思ったけど、続けて書きます。

たとえばオウムなんか、まあオウムを「おたくの犯罪」って断じるのは乱暴すぎるとは思いますが、80年代でも「ムー」とか普通に買ってるやつはいたわけですよね。で、そこには「半信半疑」ってのがあったり、「なんか面白いから」ってのもあったでしょう。
ただ一方で、修業だとかより原初的な仏教を学びたい、というシリアスな欲求を持った人も少なからずいて、
その辺のギャップが後々どんどん開いていって、90年代に入ってああいう事件になったという気も、ちょっとします。

あるいはまた別の観点からすると、これも狭義のおたくからはちょっとズレますが、70年代後半から80年代初頭の南伸坊だとか、あとだれだ、とにかく洒落っ気のある人たちのスタンスは、それ以前の時代からの解放、って意味が確実にあったんですよね。
これは時代感覚として、確かにあった。
アニパロもそうだと思うんですけど、そういうものがそれまでの考えからの解放だった面は確実にあると思うんですよね。
この辺は大塚英志がどっかに書いていたと記憶してますが。私のオリジナルな考えじゃないかもしれませんが。

ま、それをどう見ていくかが大事なんじゃないか、というつまらない結論で終わります。

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