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【雑記】・「格差」は無いか

「格差社会」という言葉が普通になった昨今。「格差があるのではなく、就労意欲の希薄な怠け者が増えただけではないか」という意見をちらほら見かけるようになったので、自分の意見を書いてみたい。

まず「格差」をどうとらえるかだが、「餓死しない」、「首を吊らない」から格差は無い、と断じるのには抵抗がある。
実は、格差とは現時点ではあくまで「気分の問題」だと思うからだ。

気分の問題だから、いくらニートだとか雇用についてだとか、年間所得だとかを調べてもあまり意味はない。
たとえば現状と似たような経済的な状況は、20年前、30年前にもあったはずである。というか、むしろ数字の上での格差は過去の方があったはずだ。

それでは何が問題になるのか、というと、やはり「気分」である。
で、「気分」をどうするかという方向性に二種類あって、

・格差の「気分」を感じる方が悪い。何もする必要はない。そういう気分にアテられる弱者は、とっとと死んでくれ
・格差の「気分」は問題である。格差の「気分」を変えなければならない

というふうに分かれる。
若者、あるいはニートの就労意欲の、過去と比較しての変化(はっきり言えば劣化)についての問題は厳然とあるだろうと直観的に思い、なおかつそれは「怠け心」から来る部分もあるとは思うが、
それでもなお、「気分をどうにかして変えなければならない」というのが、私の現時点での考えだ。

ホリエモンも言っていたが、
たとえばブルーカラーでなおかつつまらない仕事でも、朝早くから夜遅くまで働けばそれなりの生活ができる、

だが、実はそれだけでは「格差」気分は埋まらない。

それが事実であったとしても、埋まらないのである。

人間、今現在、苦しかったりつまらなかったりしても、将来的にもっと充実した生活が送れると思えばかなりのことにも耐えられる。
だが、一生、その人間にとって価値のない仕事、つまらない仕事をやらなければならない、と考えれば、たとえ生活ができても、耐えられない。

もしかしたら、現状の日本でつまらない仕事/面白い仕事(あくまでイメージで)と、ステイタスのある仕事/ない仕事というのがかなりはっきり分かれてきてしまっているのではないか。

この件に関しては、日本にはかつて「どんなにつまらない仕事でも一生懸命やるべき」という美徳があったのだが、今の若者は違うのかもしれない。
矛盾するようだが「つまらない仕事の面白さ」を教えてやれる先輩がいなくなってしまったのかもしれない。それはわからない。

あるいは、すごろくで言う「上がり」が「仕事」の上で見えにくいか、「上がり」にきわめて到達しにくいという感覚を、仕事しない人が植え付けられているのかもしれない。

そういう「就労気分」のようなものとしては、「格差」は確実にあるだろうし、それを何とかしなければいけないのはやっぱり格差の上の方の人たち、人を使っている立場の人たちである。

「コンビニのバイトでも、あるいは封筒に中身を入れるだけの仕事でも、朝の5時から夜の10時までビッチリ、365日働けばそれなりの金は入るよ」と言ったところで、就労意欲の無い者には、ぜんぜん、まったく、1ミリも、何の意味もない。
それこそ言うだけムダ、腹が減るだけである。

人を働かせる側の人間というのは、アメとムチ、両方持っていないといかんよ。

あ、それと、働き者の人というのは、「働こうかなー、どうしようかなー」という人の気持ちはかなりわからないらしい。
まったくの怠け者(働くくらいなら餓死を選ぶような)は別として、そのグレーゾーンこそが日本の労働力になってくれるんだから、「近頃の若いもんは……」というヒマがあったら「どうしたら働かせられるか」知恵を絞るべきだ。

それをしないでそれこそむかつく、むかつくというのは、哲人政治を理想とした場合の哲人の怠慢ですよ。

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