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【アニメ】・「らき☆すた」#16

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最初に確認なんだけど、#16って、こなたがコスプレ喫茶でハルヒのかっこうしているやつだよね? あと「らっきー☆ちゃんねる」でカラオケボックスで演歌を歌うシーンが出てくる。
それだけ確認。

だって公式ページ見てもよくわかんねんだよ! わかりにくいよあのページ!

さて。
もしかして「らき☆すた」って、アニメにおけるパロディとかわるふざけって何だ? って考えさせるきっかけになるアニメなんじゃないのかな、って自分は考えていますよ。

そういう「好き嫌いがハッキリ分かれる」、あるいは「論争が起こりがちである」ギャグというのは、過去にもいくつか存在してきたから。

今なら「エンタの神様」とかがそうだし。

で、今回は少しあざといパロディとわるふざけが多い、という意見をよく目にしたんだけども、

確かに、過去にこういうことはあまりなかったと思う。
「こなた扮するハルヒ」と「長門とかが出ていた」ということに関していえば、
こうした系統のお遊びは、「ケロロ軍曹」におけるガンプラあたりからでしょうかね?

で、「ケロロ」の頃は、「よく話を通したなあ」とか、「ガンプラサイドの人たちも遊び心がわかってるなあ」という印象を持ちました。少なくとも私は。

自分で観ていて思ったのは、このテのパロディというのは、そのギャグが面白いかどうかと同時に、「送り手と受け手との共犯性」っていうのが問題になってくるんですよね。
より正確に言うなら、「送り手と受け手が特定のパロディにおいて同じ方向を向いているか、あるいは向いていると送り手が錯覚させることができるか」。

たとえば、マンガのこの手のパロディというのは、昔は許諾に関しては非常にグレーだったはずです。
永井豪の「けっこう仮面」や「まぼろしパンティ」といった作品は、敵が毎回作品を特定できるキャラクターのパロディだったんですが、実際にいちいち許可を取っていたかどうかは、かなり疑問です。
(まあ、月ジャンの「まぼろし」に関しては、ジャンプ系の作家に許可をもらっていたかもしれませんが。)

で、読者側にはグレーゾーンな中で、「いいのかなあ、こんなことしちゃって。」と思わせるヒヤヒヤ感も、ギャグのうちに入っていました。

少なくとも21世紀前半まで我々が感じていたパロディに対する感覚というのは、そういうものだと思います。
(実際、漫・画太郎の作品が本宮ひろ志のパロディだったために怒られた、という話もウワサで聞きますし、えーと田中圭一は本宮ひろ志の許諾を得ているのかな? わからんですが。)

しかし、たぶんマンガでは無許可でも宣伝になるからいいやとか、担当同士が仲がいいから電話一本で済むとか、そういうパロディでも、アニメや映画となるとおそらく、いちいちまっとうな許諾を取らないといけなくなるんじゃないかと思います。

そして、そうなってくると「ほんのちょっと出る」のが粋であるはずのパロディが、「せっかく許諾したんだから大々的にやってください」となり、それが一種のタイアップとかPRの様相を呈してくることにも容易に想像が付きます。

この辺、むずかしい問題だと思いますよ。

たとえば、じゃあそれまで作品中にあざといPRが無かったかというとそれはあったわけで、
おもちゃ会社がスポンサーのスーパーロボット、巨大ロボットアニメなんかは、おおっぴらにPRをやってきたわけなんですよね。
今回の「ハルヒ的なこなたや長門などの出演」を、そういうふうに観ることもできるのではないかと。
えーと、「京アニ」(あと声優)で共通してることくらいしか知らないんですけどね。

しかし、そうなってくるとパロディって何だろう、ということにもなる。
番組スタッフがいくつくらいか知りませんが、
いわゆる「アニパロ」同人誌の場合、「対象に愛があるから」ということであまり辛辣なというか、作品自体を否定するようなパロディには難色を示すファンもいると思います。

で、むかーしパソコン通信で、「ワンフェスみたいに1日だけ版権をおろしてもらってアニパロを公然と描くわけにはいかないのか」という意見があったことがあります。
まあ無名のだれかの単なる意見、とも取れますが、この形式だと作品自体を否定するパロディはぜったい描けないことになり、なおかつこの意見を出している人はそこに気づいていない、ということにビックリした覚えがあります。

何が言いたいかというと、アニメで「あざとい」と感じるのは許諾付きパロディの場合で、許諾がある以上、その面白さには上限があるということを、もしかしてアニパロ同人世代のスタッフは気づいてないのかな? と老婆心ながら心配してしまうということが1点。

もう1点は、繰り返しになりますけど「パロディという名のPR」が可能になってきているのでは、という、「許諾」から一歩進んだ時代になるのか、あるいはならないでそのまま終わるのか? というひとつのポイントが「らき☆すた」にあるのではないかということです。

まあ、前向きにとらえれば、ギャグアニメに大きな変化が起こっているとも言えます(「絶望先生」の黒板ネタなどもそうですが)。
さて今後「ギャグアニメ」がどうなっていくか、楽しみでもあり、恐くもあり。

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