« 【雑記】たぶんアイドルはそう簡単にはなくならないだろう。(その4)楽曲がよくなければ客はついてこない | トップページ | 【映画】・「プレステージ」 »

【雑記】たぶんアイドルはそう簡単にはなくならないだろう。(その5 最終回)じゃあミニモニ。の話をしましょうか

最後にアイドル史におけるハイストレンジネスな存在である、ミニモニ。の話で終わりましょう。

2001年
1月: 「ミニモニ。ジャンケンぴょん!」でCDデビュー

2003年
3月:矢口真里卒業、高橋愛加入。

2004年
5月:無期限活動停止

以上がおおまかな流れです。
「ミニモニ。」のコンセプトが完璧に体現されていたのは矢口卒業までだと私は考えているので、そこまでと考えると2年ちょっと。高橋愛加入時を入れても3年ちょっと。アイドルが全盛期を誇るには、まあだいたい妥当な年月です。
まだ、完全活動停止してから3年くらいしか経っていないこともあり、振り返られることも少ないユニットですが、「モーニング娘。」およびハロプロとはまったく違う存在として論じられるべき存在がこの「ミニモニ。」です。

ASAYAN時代のモーニング娘。も奇妙なユニットでしたが、それ以上に奇妙で、アイドル史を単純な史観で終わらせることのなかった、文字どおりのトリック・スターがミニモニ。であります。

では、ミニモニ。のアイドルとしての特異性とは何だったのでしょうか。

・ロリコン向けでもない、キャラクターものでもない
「ハロプロ」史においては、ミニモニ。の爆発的ヒットが原因でその後のキッズ路線が敷かれたかのように語られることが多いです。
しかし、現状のベリーズ工房にしろ、キュートにしろ、その前にちょこっとあったZYXにしろ、コンセプトは明確に違います。
現状のハロプロにおけるキッズ路線というのは、「美少女」が「恋に恋する」ような歌を歌うというのが大きな流れですから、アイドルとしてはむしろ古典的。想定される「時期」は思春期でしょう。
それに対して「ミニモニ。」は、(まあミニモニ。で抜いていたやつもいたでしょうが)「少女」というよりもっと下の「こども」でした。路線変更するまで、恋を歌った歌もほとんどありません。

また、チョコエッグとかが出始めて以降の経済評論家が語る際の「オタク市場」における「キャラクターもの」というのともちょっと違います。
たとえば、「なんとか星からやってきた、かんとかちゃん」とか、そういう背景になる物語というのは、ミニモニ。においては、
「矢口が勝手につくった、身長150センチ以下のユニット」
という、それほどファンタジー性のキツくないもので、なおかつ、モーニング娘。の矢口とミニモニ。の矢口は連続していました。
この辺は、現在沢尻エリカまでがやっている「別人として歌手デビュー」などのお遊びとは似ているようでぜんぜん違うし、だからこそのわかりやすさ、面白さがあった。

だれがこの基本コンセプトを考えたかわかりませんが、東京業界人的お遊びとはどこかちょっと違うんですよね。
たとえば音楽番組で、辻に「モーニング娘。とかけもちで忙しくない?」とか聞いてもぜんぜんオッケーという。
悪い意味での知的なお遊びをぜんぜん考慮してないところに、注目すべきだと思います。

また、ミニモニ。のキャラクター商品はたくさん出ましたが、実はミニモニ。というユニットにも「ミニモちゃん」というイメージキャラクターがいます。これはもうたとえば警察のイメージキャラであるピーポくんににさらにイメージキャラクターがいるようなもので、わけがわかりません。
さらに、ミニモニ。は確か映画でこの「ミニモちゃん」と共演しているはず(マンガでは確実に共演してました)。

どういうことかというと、「何も考えてない」んですねきっと。これが企画書にデリダだのドゥルーズだのを想起させるような戦略が書いてあったら、こうはならんでしょう。
東浩紀がどっかのインタビューで「ミニモニ。は身長の低い子を適当に集めてつくっただけ、そこがデータベース的」みたいなことを言っていた記憶がありますがとんでもない話で、
むしろ「大人なのに背が小さい」矢口と、「コドモゆえに背が小さい」辻・加護と、「世界進出のために抜擢された」というミカ、という事情が違う4人が集まってユニットをつくっている、あるいは矢口(保護者)、辻・加護(こどもたち)という関係性が成り立っているところの面白さがあったわけで、あまり属性をパーツ化するとかデータベースとかとは関係ないのです。

そういう、ミニモニ。にはポストモダニストを当惑させる何かがあることが、自分にとってはたまらなく爽快でした。

・楽曲の良さ、歌詞の無意味さ
「ミニモニ!じゃんけんぴょん」と「ミニモニ。テレフォンリンリンリン」くらいまでは、それほど興味ない人でも覚えていると思います。けっこう口ずさめる人もいると思います。
要するに、ただのにぎやかしユニットじゃなかったわけです。
歌詞も、「元気に行きましょう」くらいの意味しかないけれども、いちおう「ミニモニ。テレフォンリンリンリン」は、子供が好きそうな電話、カメラなどのアイテムを取り入れたりとか、計算しているんですよね。
ファーストアルバムも、なかなか良かったと記憶しています。

・ミニモニ。とピンク・レディー
で、ミニモニ。はけっきょくハイストレンジネスな存在として、現在のハロプロでも継承するユニットはゼロです。
他の事務所からマネっ子が出たとも聞きません。
辻加護のユニット「W(ダブルユー)」は、ミニモニ。的な部分を多分に受け継いでいましたが、やはり「辻」、「加護」という個々人のキャラクターとイコールになりすぎると、それはまたミニモニ。とは違うものになります。
先に「ミニモニ。とはいわゆるキャラクターものとは違う」と書きましたが、かといって個々人の人間くささが全面に出過ぎても成立しないという微妙なユニットでした。

しかし、そんな特異性を強調したとしても、唯一もっとも近いユニットがあるとしたら、それはピンク・レディーですね。
デビュー当時こそお色気路線でしたが、その後子供の支持を得ているとわかってから徹底して恋とか愛以外の(あるいは薄くまぶした程度の)歌を歌い、踊り続けたピンク・レディーがいちばん近い。
そういえば、テレビで振り付けコンテストをやっていたのも近いですね。

しかし、ピンク・レディーの完全な模倣かというと、そうとも言いきれない。

ピンク・レディーは、70年代にすでに80年代を先取りし、80年代前半、解散時にはすでに忘れ去られていたが、その後の80年代はピンク・レディーを後追いするものだった、というのは中森明夫の説ですが、

自分が「アイドル」に興味があるのは、いまだにミニモニ。のショックがあるからですね。
本当に、あれは何だったんだろうと思いますよ。
実際、今現在が「ミニモニ。」的なものが巷に溢れているとかそういうことはぜんぜんないわけだし、
2007年の時点では「時代を先取りしていた」ともまとめにくい。
かといって、現在ミニモニ。の楽曲を観て(ああ、辻も加護ももうこの頃のままではいないんだなぁ、という感傷を除いて)、「あの頃は何だったんだろう。特別ダサいな」と思えるかというと、たぶんそうも思えない。

メンバーの矢口、辻、加護と三人もがオトコ関係のゴシップがあったこともあり、「ミニモニ。」をコドモ、そして現在をオトナと単純に分けて考える人もいると思いますが、それは罠ですよ。

辻も加護も、実は「幼い」のではなく、「コドモーオトナ」の関係性の斜め上を行く何かだ、ってことは、みんな気付き始めていましたからね。1年くらい前までは。
だけど、加護が喫煙してオトナの要素を出した瞬間に、「加護ちゃんもオトナだったのね」という印象に変わり、過去の特異な活動が「コドモだった頃の加護ちゃん」としてイメージされてしまう。

本当は違うんですよね。辻・加護に限って言えば、二人はコドモでも少女でもない何かだった。
でもそれが何なのかは、自分にはいまだにわからないし、
彼女たちが所属していた「ミニモニ。」に関しては、いまだにわからないですねえ。

でも、「アイドル」をヴァージニティの問題から救出するには、ミニモニ。に着目するしかないと思うんですよね。

まあ、どうせそんなことだれも思わないんでしょうけどね。
私もはっきりしたことは何もわからないし。

|

« 【雑記】たぶんアイドルはそう簡単にはなくならないだろう。(その4)楽曲がよくなければ客はついてこない | トップページ | 【映画】・「プレステージ」 »

アイドル」カテゴリの記事

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事