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【アニメ】・「大魔獣激闘 鋼の鬼」

1987年
・ 原案・脚本:会川昇
・ 監督:平野俊弘

80年代の「OAV」。あれ「OVA」だっけ?

最近、私はヒマがあれば80年代のアニメを観ています。そのわりには東京MXTVの「おはようスパンク」とか見てないんだけどさあ……。
いきなり自分語りしますけど、なんでこの時期のものにちょっとこだわりがあるかというと、自分にとって青春時代のマンガやアニメって(あ、私の青春時代は80年代)、受験勉強との兼ね合いで観ていた、というのがひとつあった。
人間が一日のうちに摂取できる知識って限られているから、「ここまではハイ、もう時間切れ、勉強があるから」みたいなカタチで放り出したマンガやアニメもすごく多かった。
オタク道みたいなものがあるとしたら、違うよねそれは。

「受験生だからアニメやゲームをガマン」っていう人はいると思うけど、それ言ったら自分は小学五年生から大学浪人中までずっとそういう状態だったからね。そういうことに対する怨念がすごいんですよ。
で、一つひとつ、今更観て確かめてる、ってところはあるな。

んだから、逆に言えばほとんど観るすべが無かった70年代の東映バイオレンス映画とか、大好きだけど80年代のOVAを今観て感じるような、なんか心を締め付けられるという感じはないね。純粋に新作と思って観てますから。

本題。
平野俊弘で会川昇で、大畑晃一だからということなんだろうけど、ストーリーらしいストーリーはほとんどない。すべての設定はクライマックスで「鋼の鬼」が、暗黒世界からやってきた巨大な怪物とガチンコで戦うという布石でしかない(そのわりには基地の設定などはよくできていると思うけど)。

で、何の情報もなしに予測だけで書くけど、「怪獣映画をアニメでやってる」というイビツさがある。それは「イクサー1」にも通じることだけど。
今観ると、「なんで?」って思う人いるかもしれないけど、当時の特撮映画事情や、「アニメで何ができるか」というチャレンジ精神や、またアニメにおけるストーリーの考え方が今と違っていたのかもしれない。そういうことは、今考えても無駄ではないはず。

それともうひとつ解説。
本作では、海底から発掘された物質を研究するうち、異次元の世界から怪物を召還し、自分が合体して地上のものをすべて破壊し尽くすという欲望に取り憑かれた若い学者が出てくる。
普通は「世界を破壊する」理由は「人類が汚れきっているから」などの理屈があるが、本作ではそこのところははっきりしない。

で、なんでそういうことになるのかというと、たぶん「冷戦下の平和」という欺瞞性と、その緊張感に耐えきれないもどかしさみたいな感覚が当時あった、ということなのだろう。
本作ではそこまで詳しく描かれてないけど、同時期には「徹底して破壊した後に理想国家をつくる」と言い出す悪人がフィクションには多くて、それは日本がアメリカの傘の下で生きながらえてきたこと(自己決定権がない)、そして冷戦という奇妙なバランスによる平和や繁栄は本物ではない、という感覚が一般視聴者にもあったから。

だからこそ、「破壊の裏返しの理想国家建設」をチラつかせつつ最終的にはグチャグチャにしてしまった95年末〜96年初頭のテレビ版「エヴァンゲリオン」は、時代に敏感な作品だったとは言える。

あれは、普通ならゲンドウが「理想国家建設」みたいな野望があって、それをシンジが破壊するという物語であるはず。というか、冷戦下のSFアニメ・マンガというのはそういうのが多かったけど、
「もうそういう時代じゃねえだろバカヤロウ」っていう気持ちが庵野監督に……たぶんあったんじゃないかなあ?
その後の「キューティー・ハニー」とかは、案外ベタなつくりになってるし。もともとベタが大好きな監督のはずでしょ、あの人は。よく知らないけど。

……とまあ、ぜんぜん本作と関係ないことを書いてみた。
しかし、今観るとそういう感想が出てくるんだから仕方ない。

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